玉置絵理

変化。環境の変化、自分の変化、望んだ変化、突然訪れた変化、こう挙げてみるだけでも「変化」にはさまざまな場合がある。全てのことは「在る」のではなく「成る」のだと、とある国の思想家は言ったけれど、玉置絵理さん(28)はその国フランスでそれまで考えもしなかった変化に見舞われ、それらを受け入れて自分も変化していった。そして今、目の前にはそろそろ1歳になろうとしている息子の光君がいる……。柔らかな京都弁に乗せて、彼女は自分の身に起こったあらゆる変化について優しく語った。(文責:富永玲奈)

孤独感に教われたフランス留学

目立つタイプではなかった幼少時代を経て、中学高校では、入学した女子校の雰囲気に馴染めなかったという絵理さん。周りの女子たちが恋愛に興味を持ち合コンに繰り出したりしていたのを他所に、彼女はひとりで映画やライブに行ったりと、趣味に没頭する日々を過ごした。「今振り返ると女子校ライフを満喫してもよかった」と笑う。そんな少女がまさか10年後にこんな形で母親になるなんて、自分でも想像していなかっただろう。

「授かり婚」。普通の授かり婚が何かは定義できないが、彼女は少なくとも普通のそれではない。妊娠した時、日本ではなく留学先のパリにいた。相手は同じく留学生の日本人。お互い未来のある学生が異国の地でこんなことになろうとは。当時の彼女は美術史を学ぶという意欲が明確になってきていたパリ2年目で、相手も分野は違えど学問のために志高く渡仏してきた男性だった。

そもそも彼女をパリ留学に決意させたのは、大学時代手伝った美術展でコーディネーターをしていた女性との出会いだった。パリで美術史の勉強をしていたという。憧れた。美術史に興味がありフランスに行きたいというそれまでの漠然とした思いが、決意へと変わった。時代は就職氷河期だったが、とにかくパリに留学する資金を貯めるため、好きなアパレルメーカー「ドレステリア」で2年間販売員として働いた。

2年後、渡仏した彼女を待っていたのは相次ぐトラブル。「フランス語は最低限できたけど、最初はなんでこんなに孤独なのっていうくらい、孤独感に襲われた。趣味の刺繍だけが唯一のなぐさめで」。ホームステイ先はアットホームな雰囲気を期待していたのと裏腹に事務的でそっけなく、その後、一人暮らしをしたアパルトマンでは隣人に悩まされた。

怒濤の環境の変化を受け入れることで見えてきたもの

こうして1年が過ぎた。「1年フランスにいたらペラペラに話せるようになっているかと思った」が、やっと生活に慣れた程度。400万円の貯金もこの1年で吹っ飛んだ。「ここで帰っても何も残らない」。語学学校などで知り合った日本人の友達がどんどん帰国していくのを横目に、彼女はもう1年留まる道を選んだ。その後、未来の旦那となる恋人が出来た。

日本からフランスという環境の変化だけでも、それを受け入れるのは容易ではないに違いない。容易でないとしても、それが自分で望んだ変化なら困難も少しは楽しむ余裕があるだろう。しかしこの妊娠はどうか。両者にとってある意味、望んでいた変化ではなく突然訪れた変化、そして渡仏後、いや人生で最も大きな変化だ。

「学生同士、しかも海外、貯金はゼロ。二人でパニックに陥って右往左往した。妊娠していろいろな人に相談したけど、結局どうすればいいかわからなくて毎日毎日泣いてた」。当初ボルドー大学に進学が決まっていた彼氏は出産を望まなかったというが、母体が傷つくことを考えると出産という答えに落ち着いたという。

帰国後、お互いの両親の寛大さに支えられながら結婚、07年1月に男の子を出産した。出産も大変で、全身麻酔で帝王切開だった。手術台の上に寝かされた時は無力感に襲われて涙が流れたが、「目が覚めたらママだった」。

今現在彼女は専業主婦、旦那は日本で職を見つけて家族のために働いてくれている。息子の光君もご機嫌で、穏やかで幸せそうな家庭だ。いずれは自分も仕事をしたいという彼女はこう話す。「どんどん『大変さ』の種類が変わってくる。よく『育児と仕事の両立』というけど、この二つは全然違うもの。仕事はやった分、誰かが認めてくれて反応があるものだけど、育児はどれだけやっても反応が返ってこない。赤ちゃんがこんなに泣くなんて知らなかったし。それを受け止める自分がいないとやってられない。受け入れる覚悟がないとやってられない」。

受け入れる。渡仏、妊娠、帰国、出産…怒涛の環境の変化の中で、自分自身の中では何が一番変わったかと訊ねたところ「我慢強い人間になった」という。「それまでは我慢することなんて無意味だと思ってた。好きなことだけしてたいと思ってたけど」。周りの友人たちは彼女のことを「変わらない」と言うそうだが、これまでのさまざまな変化を我慢、というよりもきちんと受け入れてこられたからこそ、今の彼女がいるのではないだろうか。このような話をする彼女の姿は、決して神経質でもなければ不思議と苦労話じみてもいない。それでいて軽率でもなく、アルバムをめくるように思い出を語る余裕とおおらかさが感じられる。

「ふつうの人はどういう人だと思うかって?私みたいな人。ヒロタカ君(旦那)みたいな人」。

即答だった。件の変化に直面しても自分を卑下せず、決して自分たちの状況が特別なものだとは思わないところに、彼女の底知れぬおおらかさを見た気がした。

自分に降ってきた変化を瞬時に受け入れられずに四苦八苦することは誰にでもある。けれど、後になってからでもその時のことを受け入れ、穏やかな目で振り返ることが出来る寛大さがあれば、きっと大丈夫。

座右の品
エンゲージリング

スリーゴールド(ホワイト、ピンク、イエロー)で指にはめた感じがよかった。夫と一緒に選んだが、普段は常に意見割れして喧嘩するのに、この指輪はすぐ意見が一致した。

【略歴】

1979年9月26日、京都府京都市出身、世田谷区在住。京都市立紫竹小学校→聖母学院中学校→聖母学院高等学校→立命館大学産業社会学部産業社会学科→ドレステリア販売員→フランス・パリ留学→帰国→フランス・ボルドー滞在→帰国、出産【星座】天秤座AB型【家族構成】夫・息子【趣味】乙女(手芸、ポエム)、買い物、美術【好きな食べ物】パン、コーヒー【嫌いな食べ物】ホルモン、青魚【お気に入りスポット】多摩川の土手【尊敬する人】子育てしている世の中の主婦全員【座右の銘】他人に感謝【好きなタイプ】上品で頭が良くて清潔感がある人、ボリス・ヴィアンの小説を読んでいるような人【嫌いなタイプ】人を傷つける人【子どもの頃の夢】お姫様

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2008-02-04-MON






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