故郷・鳥取で 夏フェスやります

「Hula-Hooper」主宰 役者・演出家/医療機関役員 菊川朝子さん

演劇。「観る人」にとっては日常的に観て楽しんでいるものだが、「観たことのない人」にとってはやっていることすらよく知らないもの。そんな現実がある。弊紙ではこれまでも多くの役者や演劇関係者の話を聞いてきた。それらの記事の中で、同じ役者といえども十人十色、それぞれの歩んできた道や考え、魅力を紹介してきた。それと同時に、彼らの話の中から演劇が、とくに小劇場のそれが抱える問題に関しても触れてきた。「演劇の流通」の問題に関しては以前の記事でも述べたが、有名な役者やアイドルなどが出ていない限り、観劇に足を運んでいる人たちの多くは演劇関係者だ。どうしたら“演劇関係者以外”に届くのか?もっと演劇を楽しんでもらえるのか?その問いに対して、“フェス”というかたちで挑もうとしている演劇人がいる。役者・演出家の菊川朝子さんはこの夏(8月22、23日)開催する「鳥ROCK FESTIVAL 2015(略して、鳥フェス)開催する。菊川さんはいう「『面白いもの』たちと出会える場にしたい」。CDが売れなくなり、音楽業界がそのビジネスモデル自体に大きな転換を迫られている現在、それでも多くの人々が夏フェスへ出かけていき、思い思いに音楽を楽しんでいる。演劇はどうか。前編ではまず、演劇人として生きてきた菊川さんが今“フェス”を開催するということ迫ってみたい。(文責:吉田直人)

「私がやるからやめて」日本舞踊で舞台デビュー

“舞台人”菊川朝子、その初舞台は二歳から習いはじめた日本舞踊だった。先に彼女の母親が日本舞踊をやっていたのを見たのがきっかけだったのだが「母親に『それ私がやるからやめて!』っていって、母が本当に(日本舞踊を)やめたっていう意味のわからないエピソードがある」と笑う。本当にわけがわからない。が、そんな主張をする二歳児と母親のやり取りを思い浮かべると微笑ましい気がする。少女・菊川さんの心を魅了したのは発表会の際に先生がやってくれる黒衣だった。「大の大人が自分のためにチョウチョをふわーって飛ばしてくれたりするなんて面白いなーって思っていた」小学六年生まで習い続けた。この日本舞踊によって菊川さんは普段は味わえない「特別さ」を感じ、舞台の魅力を知ったのだった。

「たのむから高校は行ってくれ」吹奏楽一筋の学生時代

中学校へ入学した菊川さんは、運命的な出会いをする。吹奏楽との出会いだ。習字、ピアノ、日本舞踊…それまでやっていた数々の習い事をすべてやめて、エネルギーのすべてを吹奏楽に注ぎ、のめり込んでいった。なぜ、吹奏楽だったのか。「一人で努力していくテンションはなくて。日本舞踊は二人で行うものもあるけれど、基本的に一人だから」と、意外にもネガティブな動機を語るが、「音を作るのが楽しいなって。“何十人で一つの音を出す”とかメチャメチャ昂奮する!」と、これが大きいのだろう。大勢の心が一つになる、ばらばらのものたちが瞬間、重なる。演劇にも通じる快感。日本舞踊で出会った「舞台の魅力」に加え、そういう楽しさと出会ったのが吹奏楽だった。

どれほど部活に熱中していても中三がやってくる。将来、自分はどうしたいのだろう?そもそも自分とはなんだろう?と、むだに自己同一性について悩んだりする時期。人生の中で誰もが自分のナイーブで繊細な部分を意識してしまう季節。菊川さんはどうだったのか。「中学出たら進学はせずに演劇をやるつもりだった」旗幟鮮明。菊川少女の辞書には迷いの「ま」の字はなかった。すでに決めていた。「自分は出遅れている」そんな焦燥感を持っていた。しかし、母親に「たのむから高校だけは行ってくれ」と懇願され、高校へ進学。菊川さんにとって、ふたたび部活一筋の日々がはじまるのだった。「ほぼ部活をしに学校へ通っていた」と話す。しかし、部長として部員たちをまとめ、一つの目標に向かって吹奏楽に打ち込んだ日々は、彼女が役者たちをまとめて芝居を作り上げている現在に通じているのだろう。そしてそんな青春の日々の思い出たちは、夕方の海のようにセピア色に輝きながら作品の中にときどき顔を出したりしている。

上京、演劇の世界へ/「Hula-Hooper」の誕生

高校を卒業した菊川さんは上京。ついに演劇の世界への一歩を踏み出したのだった。最初の一年間は養成所に在籍し、現在の相方の上枝鞠生さんともそこで出会った。

養成所を卒業後は、いろいろなオーディションを受ける日々を過ごしていた。そんなとき、故林広志さんのコントサンプルに参加することになる。このことが菊川さんの演劇人生の大きな転機となった。「故林さんを通して本当にいろいろな人と知り合えた時期だった」と振り返る。そして故林さんの命名で女の子三人組のコントユニットとして、現在も彼女が活動を続けている演劇ユニット「Hula-Hooper」(以下、フラフーパー)は結成された。当初はコントユニットだったのだ。しかし、コントだけをやりたいわけではなかった彼女たちは独立を決意する。「第1回公演のチラシにケラ(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんからコメント入れていただいたりした」華やかに旗揚げされた新生・フラフーパー。勢いのある女の子たちのパワーは独立時の一時なものではなかった。2002年12月に第1回公演をした翌月には「裏フーパー」と銘打って裏公演を行い、年に二回のペースで本公演を行っていった。

当初は、菊川さんの作・演出ではなく、故林さんや好きな作家に書いてもらい、別の演出家が演出をつけていた。「役者も作家も演出家も、集めてやるのが楽しいって思っていた。最初は」と話す。「でも、私がやりたいことは、どうやらややこしいことのようだと気づいて。それなら自分で演出しないとなって」第4回公演から菊川さん自身が作・演出を手掛けるようになった。

2007年には『音楽と演劇の融合』をテーマとした「フラフーパーの部活動『鱈。』」というライブハウスでの公演など精力的に活動している。菊川さんの作品の多くは女性だけの作品だ。「私のやりたいことは女性だけで面白いものを作ること。毎回、自分の好きな女の子たちが素敵に見える作品を作っていきたい」

地元“鳥取”で“フェス”を

後編で触れるが、現在菊川さんは東京と鳥取の「半々の生活」を送っている。そんな生活の中で「いつか鳥取で何かをやってみたい」という思いが芽生え、大きくなっていった。

「鳥取は田舎で、東京や都会の人以上に演劇とかそういうエンターテイメントに触れる機会が少ないんです。そんな鳥取の人たちにテレビでは観られない『面白いもの』を味わってもらいたい」東京でずっと歩んできた演劇、エンターテイメントの道。そこでできた仲間たちとともに、大好きな鳥取に打ち上げる大輪の花火が、「鳥フェス」なのだ。

「音楽とかでも同じだけど、例えば、たまたま演劇を観に行って、その作品が難解だったりしたら、『ああ、こういう難しいのが演劇なんだ』ってなってしまって、それで次に行くのをやめてしまったりする。そうなってしまうと触れ合う機会が少なすぎる」もちろん難解な作品もあるし、そういった部分を楽しむこともある。ただ、悪い先入観によって、次の機会が失われてしまということはもったいないことだ。「大丈夫だよ!難しくないよ!」これが鳥フェスで菊川さんが一番にアピールしたい気持ちだ。

鳥フェスのスローガン「くだらないものはここにある!」 それは彼女が人生をかけて「面白い!」と感じて取り組み続けているものたちへの自信と愛情が溢れている。『くだらないなぁ』と、誰もがおもわず笑ってしまうような“面白いもの”に、誰に何といわれようと本気で、全力で取り組んでいく。取り組み続ける表現者たちがいる。鳥ロックの「ロック」の部分にはそんな思いが込められている。「演劇を続けてきて、今だからこの『鳥フェス』ができるのかなぁって思う。もしも二十代のときだったら無茶で考えなしのままでやってしまっていたと思うから」

そんな彼女の渾身の祭り「鳥ROCK FESTIVAL 2015」はいよいよ今週末、8月22、23日。演劇のほか、テレビじゃなかなか味わえないような音楽やみんなで一緒に笑い転げながら聴く落語、息をのむ大道芸、凛とひきしまるお茶席などなど盛りだくさんの内容となっている。ついにスターバックスが出店するなど今年話題になることも多い鳥取県。「鳥フェス」に遊びに行けば、きっと今まで知らなかったワクワクと出会えるはずだ。

※「鳥フェス」は筆者もスタッフとして参加しております。東京からはちょっと遠いかもしれませんが、鳥取の方、関西など近くにお住まいの方、興味を持っていただけましたら、ぜひぜひ、遊びにきてほしいです!詳細は鳥フェスのHPをご覧下さい。

「鳥ROCK FESTIVAL 2015」HP
http://torirockfestival.daa.jp/

座右の品
女優たち

私が生きていく、演劇をしていく上で、彼女たちがいなかったら生きていけない。
面白い女優たちがいるかぎり、私は演劇をやっていける。

プロフィール

1980年12月15日生まれ。鳥取県鳥取市出身、半在住

【略歴】

【血液型】O型 【星座】へび使い座(13星座) 【趣味】LIVE観戦・手帳作り(スクラップなどすることが好き) 【お気に入りスポット】MARUZEN&ジュンク堂書店 渋谷店 【好きな食べ物】そうめん 【嫌いな食べ物】グミ、マシュマロが苦手。食べられるけれど。 【好きなタイプ】私が好きなかんじに歌う人 【嫌いなタイプ】人のことを決めつける人 【子供のころの夢】クッキー屋さん・日本舞踊の先生 【座右の銘】面白ければそれでいい

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