檜野文

上司の愚痴か転職、彼氏、彼女の話、いつも変わらない話題に花が開く。果てしなく続くような月曜日から金曜日、心身共にギリギリの毎日。「どうしてこんなになっちゃったんだろう」、なんて、自分を哀れんだりする。ごく一般のふつうの人には、こんな会話、時間が必ずあるのではないだろうか。眼鏡店勤務の檜野文さん(29)もそんなふつうの人の一人だ。その“ふつう”はどういう風にできたのだろうか。どんな“ふつう”でも、“ふつう”が生まれる過程にはふつうではないエピソードが隠れている。(文責:渡辺タケシ)

「いっちょ、隙を狙ってやるかっていう考えがある」

「いらっしゃいませ」。お洒落眼鏡が取りざたされて久しい。勤務する眼鏡店ではフランス、デンマーク、ベルギー、スウェーデン等、海外ブランドも豊富に取り扱っている。本人の眼鏡はデンマークデザインだ。「モノマガジンとかの眼鏡特集をよく見ていて、眼鏡をしている人はかっこいいと思って就職した」。店頭にお客さんがいる時はキビキビと明るい笑顔で接客をする。来店したお客さんの顔に似合う眼鏡を探し出す提案型の販売スタイル。自分に似合う眼鏡がわからない、と悩むお客さんの悩みを解決するプロの面と、店頭にお客さんがいなくなるとミクシィや転職サイトをチェックする反面も持つ。「今の仕事は向いていると思う。あとは収入面が見合えばいい」。

小さい頃から王道を行く子どもではなかった。ニッチを見つけてそこで存在をアピールした。「勉強はできたけど、学年トップとかはなかった」。小中学校ではバスケ部に属していた。細かい技は誰よりも出来たという。ただ、全体に入ると存在感を示せないタイプだった。「いっちょ、隙を狙ってやるかっていう考えがある」。目立ちたいがために中学校では生徒会長を務めた事がある。「中学校が一番モテた、と思う」。生徒会長という役割も、誰もやりたがらない位置に対して自分の場所を見つけた面もある。 高校は男子校だった。「女の子がいなくて張り合いがなくなった」。なえたモチベーションは、それでも不思議にニッチを見つけていく。放送部にて全国大会出場、高校生DJとしてナック5に出演した事もある。それは、何か大きな目標の達成に向かって努力したのではなく、「校内新聞に自分の名前を載せる事に努力を注いだ」結果だった。

「とりあえずいい大学に入らなきゃいけない」。早稲田大学第二文学部(夜間)に進学する。とりあえず、で入れるところが檜野さんの学力の高さを表している。だが、この第二文学部が想像以上に個性的な学部だった。「オーロラ色の髪の毛のブラックジャックみたいな人、グッピーみたいな格好の女の人がいた。まず、まともな学生の年齢の人がいない」。「メジャーに戻りたい」。二年時に第一文学部に転入する。しかし、この転入はわざわざ自分の居場所を遠ざけたかもしれない。

「推薦で入学した優等生ばかりで唖然とした。二文のままの方がよかったかと正直思った」。変わったのは「夜が昼になっただけだった」。ロシア文学を専攻し、一ヶ月間ロシアに留学したこともあるが「いわゆる名作はほとんど読んだことがない」。「興味がわかなかったし、めんどくさかった」。一年留年をするが5年間はあっという間に過ぎていく。

居場所はまだ定まっていないかもしれない。でも匙だけは投げない

就職活動は卒業間際までしなかった。卒業後、3ヶ月間コーヒー店でアルバイトをした後、海外専門の旅行社に就職する。「興味がないところには就きたくなかったけど、興味がどこにあるかわからなかった」。旅行は以前から割と好きだった。入社後は添乗員としてアジア地域のツアーに添乗する。「一回目の中国は成功して、次のスリランカでこけて、トルコでこけて、またスリランカでこけて」。トルコでは自分が風邪をひき、その風邪を乗客達、含め、関係者にうつしてしまい、お客さんと大喧嘩をした。会社という全体で存在感を表せなかった。

干される。「どうやったら使い物になるのかみんな悩んでた」。会社側の対策はベテラン社員につけて一から叩き直すことだった。結果、檜野さんは急成長する。一度その場所で根が生えれば、木は伸びていく。添乗するツアーではお客さんは大満足、営業成績も社内で1番になった。が、油がのってきたかと思われてきた時に人事異動があった。「企画部にまわされた」。栄転と言っていい異動だったが自分の居場所が定着した時期にこの新しいステージがストレスになった。

「企画に緻密性を持たせられなかった。新しい部署で後輩に負けてた苦しさも仕事を辞める原因だった」。退職する。「公務員試験を受けます」と言って退職した。先輩社員からは「いったん逃げると逃げ癖がつくぞ、と言われた」。

公務員試験はオールマイティー的な知識を求める試験に適正を見いだせなくなり、断念。バイトを始め、その日暮らしの生活に突入する。「下北沢なんかにライブを見に行ったりする生活だった」。再び就職を考えたのは今の彼女と付き合い始めた頃だった。「お金がなかった」。就職メッセで今の眼鏡店に出会った。

仕事に関して、「接客しかできない、って思う」。「旅行はツアーの時だけのお客様との付き合いだけど、店舗はお客様とずっと付き合うかたちになる。それは怖い事だけどおもしろいと思う」。お店では檜野さんを指名でいらっしゃるお客さんもいる。「添乗員時代に学んだことだけど、接客ってお客様に助けてもらうことの方が多い」。

サービスは顧客満足のきっかけにすぎないのかもしれない。「プロとして失格なのかもしれないけど、お客様と持ちつ持たれつでする仕事が自分には嬉しい」。過剰なサービスを押し付けるのではなく、お客さんの心をくすぐり、一緒に楽しむ接客姿勢が人気の秘訣かもしれない。

でも、「転職はしない方がいいぞ、って5年前の自分に言ってあげたい」。行ったり来たりの影、日向の生活。回り道のエピソードが多い程、その人のふつうには面白味が加わる。そして、回り道をせずにはいられないのもふつうの人ではないだろうか。

居場所はまだ定まっていないかもしれない。しかし、接客という道は決まったのかもしれない。匙だけは投げないで、その匙は胸に抱いて突入する30代。そして、果てしない月曜日から金曜日の後には、必ず日曜日が待っていた。

座右の品
ギグパッカー

ギターは何本か持っているが、一番最近購入したもの。コレクター的に購入してしまう。

【略歴】

1978年12月3日生、埼玉県出身在中、埼玉県立春日部高等学校→早稲田大学第二文学部→同第一部転入→海外専門の旅行社→フリーター→眼鏡店【星座】射手座【血液型】A型【家族構成】父・母・兄【趣味】映画、ギター【好きな食べ物】からあげ【嫌いな食べ物】いんげん豆【お気に入りスポット】土手全般【尊敬する人】花井薫(漫画“バタアシ金魚”の主人公)【好きなタイプ】何事もある程度許してくれる人【嫌いなタイプ】細かい人【子どもの頃の夢】(漠然と)有名人

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2008-07-14-MON






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