美容師 高橋理恵さん

《後編をアップしました》
憧れの実現はゴールではなく新しいスタートライン。09年9月、スペインの世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」をひとりで完走(完歩?)した高橋理恵さん。大きな瞳はまっすぐと前を向いていて、その場の空気がなめらかになるような透明感を身にまとっている。たまたま知ったこの巡礼路を、高橋さんは何が何でも達成したいと強く思った。そして周囲の理解を得ながら仕事を1ヶ月休み、約900Kmの旅に出たという。だがその路のゴールの先に待っていたものは、達成感だけではなく憧れを実現した「新しい“ワタシ”への道のスタート」だった。(文責:富永怜奈)

「憧れがあると苦手でもやりたい、って思っちゃうんです」

高橋さんは表参道の美容室boy-U<の美容師。代官山に本店を構えるこのboyというサロンは少し変わっていて、美容室としてだけではなく部活動として「美術部」「旅部」「料理部」など、いろいろな活動をお客さんを交えて行っていて面白い。

1日中立ちっぱなしで体力のいる仕事をこなす上に、センスと好奇心のアンテナを張ってこれらの部活動に挑むバイタリティーが美容師に求められるのはいうまでもない。全国にファンがいるサロンだということも頷ける。

高橋さんは小さいころは人見知りだったという。運動は得意ではなかったが、運動場の隅でバスケのシュートを軽快に決めている子達が格好良くみえて憧れていた。「憧れがあると苦手でもやりたい、って思っちゃうんです」。そして中学ではバスケ部に入部した。

そこはまさしく体育会系の世界。人間関係も面倒くさかったし、ダンベルを持ってのダッシュもとにかくキツかったという。2年生の途中で辞めてからは、それまで出会えなかったタイプの友達に恵まれ楽しく過ごした。今でも地元に帰ると集まれる大切な仲間たちだ。ちなみに進路を決めるときに選択肢が広いほうがいいからと勉強だけは怠らず、ちゃっかり進学校の高校に滑り込んだそう。

「とにかく絶対boy!」

高校時代は「世界を広げていきたい!」という気持ちでいっぱいで、外へ外へと自分の行動範囲を広げていくことに楽しみを覚えた。周りが進路のことでざわついてくるころ、高橋さんも自分について考え始めた。

「美容師になるか、外国が好きだから外語大に行くか」。悩みながらも地元の美容院でアルバイトを始め、受付などの仕事をしていくうちに美容師になると決意した。

「人と話すことは苦手だけれども、人ともっと『話したい』って思うようになったのが1番の理由です」。そしてboyが刊行している雑誌『+ing』に出会ってboyを知ってからは「とにかく絶対boy!」と思うほどであった。

突然の悲劇

数ある美容師の専門学校の中で高橋さんは、公費留学で3ヶ月パリに行かれるというところに惹かれて学校を選んだ。ただしパリに行かれるのはたったのひとり。絶対それに選ばれてやる、自分で決めた道だから誰にも負けたくない、と練習は誰よりもたくさんやったと胸を張っていえるほど精を出した。

しかしこんなに頑張っている人にも突然の悲劇が降りかかるようにこの世界は残酷にできているらしい。

留学の審査の点数にも入る1年生の終わりの大会直前に、なんと左腕を骨折。医者にも「美容師はあきらめろ」と言い放たれた。目の前が真っ暗になった。大泣きした。留学、美容師、boy……憧れていたすべてをあきらめなければならないのだろうか。


美容師 高橋理恵さん
「絶対這い上がってやる」という気持ちが生んだ奇跡

しかし、奇跡が起きたのか、あるいは医者の判断ミスなのか、怪我はどんどん回復していった。「絶対這い上がってやる」という強い気持ちが回復のスピードを速めたのかもしれない。

ギブスを巻きながら練習を続け、なんとか大会に出場した。高橋さんの結果はなんと1位。神様はちゃんと、本当に努力した人のことを見ていてくれるのだろう。

そして約50人の志望者の中からひとり、見事パリへの切符を勝ち取った。それまで美容師になることに大反対していた母親も、娘の本気がどれほど強いものだったのか認めてくれた。

パリへ留学、そして気持ちの変化

「パリに行く!って思っていたけど実は……」。実は高橋さんはパリ行きが確定する前に1度、boy の入社試験を受けて、落ちていたという。「あの頃は、今思うとboyに入ることがゴールだったんだと思います。入ればどうにかなるって」。それが客観的にわかるようになったのは高橋さん自身が変わったからに違いない。

初めてのパリ、というか初めての海外で3ヶ月間、「自分は怖いもの知らず」というように高橋さんは体当たりで楽しく過ごした。サロンでの研修も、お客さんと触れ合う機会も、美術館でアートに触れたことも、もちろん見知らぬ国で生活したこと自体も強みになった。与えられたことをこなすよりも、自分から「何かがしたい!」という気持ちが芽生えた。帰国時もまだやり残していることがあるような気がして、帰りたくなかったという。

帰国後再びboyの入社試験を受けたときはもう以前の高橋さんではなかった。boyに入ることが目標ではなくboyに入って一緒に「何かがしたい」、新しいことに挑戦したい、という旨を、きちんと自分の言葉で言うことができたという。こうして高橋さんは憧れの美容室で働く夢を実現した。

26歳、「深夜特急」へ

「まさに入ってからが本当の始まりだった」と話す高橋さんはもう7年目。辛いことや大変なこともたくさんあったが「自分が今いる状況に甘えている。変えたい!」という気持ちはまだくすぶっていた。とある日とある写真を見て、これだ!と思い立つ。それがスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラだった。

「『深夜特急』みたいに26歳の今、絶対に行きたいって」。

「フランスのときもそうだったけれどスペインでも言葉がわからなくて伝わらないって歯がゆい思いをした。でもそれ以前ちゃんと言わなきゃ伝わらないっていうことがわかった」。

1ヶ月の旅を達成し帰国すると、周りの人に「変わった」と言われるようになった。それはたとえば相手の目を見て話が聞けるようになったこと。そうしていくうちに自分の気持ちもどんどん出していけるようになったという。

「自分を作ってしまうことが最もふつうじゃないこと」

努力と情熱と挑戦の日々。高橋さんにとってそれはふつうのことだという。「自分を作ってしまうことが最もふつうじゃないことだから、自分に嘘をつきたくないな」。

美容師としていろいろな人とコミュニケーションを取りながら新しいものを作っていくのが理想。きっと高橋さんの「何かがしたい!」という情熱は枯渇しないだろう。

スペインの巡礼路を達成した先には、新しい“ワタシ”が歩んでいく道が未知なる景色とともに鮮やかに続いている。

座右の品
矢印

サンティアゴ デ コンポステーラを目指しての巡礼の旅、私は地図を持たずに出発したので、この矢印だけが私を900km 導いてくれました。 巡礼を終え日常に帰ってきた今は、この矢印が恋しくなる事もあります。 でも矢印は、いろんなカタチで私の日常にもちゃんとちりばめられてる。 今までは気付かずに見落としてただけだったみたい

【略歴】

1983年6月4日生 奈良県出身・東京都渋谷区在住 真美ヶ丘西小学校→香芝中学校→県立橿原高校→ル・トーア東亜専門学校→boy-Uスタイリスト【血液型】A型【星座】双子座【家族構成】母・兄・犬・猫【趣味】旅【お気に入りスポット】屋上【尊敬する人】母親、モディリアーニ【好きな食べ物】ハーブティー【嫌いな食べ物】ピーマン・たまねぎ【好きなタイプ】嘘がない人【苦手なタイプ】作り笑いする人【子供のころの夢】花屋→美容師

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2010-06-03-THU






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