新小田祐二

1973年それはセガとタイトーが日本初のコンピュータゲームを出した年だ。同じ年に(株)セガの新小田祐二さん(36)は生まれた。「ちょうどゲームの進化の歴史と一緒に生きてますね」。新小田さんはアーケードの店員で入社をし、今は“RED WORKSチーム”というセクションにいる。このチームはセガの青い看板では出来ない、何か新しいことを遂行するためのチームだ。「今までゲーム的遊びが入ってなかった業態へ、例えばカラオケなどに、新たなコンテンツを提案していく仕事」だという。(文責・渡辺タケシ)

就職氷河期にセガへ就職

すらっとした目鼻たちにはきれいな印象をうけるが、左手に巻かれてるライジングサン3年分の切られていないバンドには相当なロック好きだという印象をうける。

「学生の時に家にお金が全然なくて、学費を全部出しました」。セガに入社する前の大学時代はバイトばかりしていたという。「カラオケ屋のバイトが部活っぽくて楽しかったんです。人も楽しくなきゃついてこないし、楽しいだけでも駄目だし。店舗での仕事がしたくてセガに入りました」。

セガはゲームセンターやアミューズメント施設を持っている。団塊ジュニアにあたる新小田さんの就職状況は超がつく氷河期だったという。「入学者が一番多い時に大学に入って、卒業する時は氷河期でした」。セガは当時、就職したいランキングベスト10に入る程の人気だった。「ちょうどバーチャファイター2が大ブレイクしてて、ポリゴンがぐりぐり動くのは衝撃でした」。その衝撃を引きずるようにセガに入社した。

始めの配属は地元福岡だった。希望通りの店舗での職務では「日々、売上をあげる画策してましたね」。ゲームセンターには様々なお客さんが来店する。中には親切を煙たがるお客さんもいる。「話したくないお客さんもいます。だから、ターゲットに合わせて手段を変えてました」。

煽ることもしたが、「イベントとかサービスだけでなくて、ゲームがきちんと動いていてストレスなくできるっていうのをまず大事にしてました」。転勤も多かった店舗勤務時代には店ごとにマネージメントの仕方を変えていたという。

プランナーというお仕事

店長、エリアマネージャーを経験した後、東京にプランナーとして配属になる。5年ほど経った。「日々、今まで積み重ねたもので勝負している感じですね」。没になったプランも数え切れないほどあるという。「否定は自分の人生の否定と同じことになりますからね」。しかし、そういったせめぎ合いがプランナーの仕事のおもしろいことだという。

企画としては「古い価値を、ロジックを変えることで変換しちゃうものなんかが好き」。ちょうど東京に来た、30歳を過ぎたくらいから考え方が変わってきた。「若い頃ってとにかく新しいものがいいじゃないですか。古いものはぶっ壊せばいい、みたいな」。今は、視点を変えて見る見方にシフトしている。

“ふつう”を見分ける審美眼

そんな新小田さんにとって“ふつう”とはどういうものだろうか。

「多分、世の中って“ふつう”っていわれるものにはいろんな“ふつう”があると思う。壊したほうがいいものもあるし、残した方がいいものもある」。「いままでは高度経済成長期でとにかく“ふつう”を積み重ねてきたけど、これからは壊して作らないといけないと思う」。残すべき“ふつう”と壊すべき“ふつう”を見分けられる審美眼が必要ではないか、という。

これから作る“ふつう”とはどうなるのだろうか。

それは楽しんで発見していくものかもしれない。ゲームの面白さについて新小田さんはこう言う。「全部思い通りにいったらおもしろくない。思い通りにいかないからおもしろいんです」。これからの“ふつう”はそういった揺らいでいるものになるのかもしれない。

楽しむプロがプランナー

「悪いところを正しても平均になるだけで価値はない、いいところを伸ばしてスペシャリティーにする、ということを青山学院大学の先生に言われて印象的でした」。プランニングに関しても同じだという。「提案をただ否定するよりも、ほめて、転がしていく方が難しいし尊いことだと思う」。

「思った通りにいってもうれしいし、思った以上のことがきてもうれしいし、予想外のことが返ってきてもおもしろい、そう来たかぁ、まじで?みたいな」。

どんな時でも、どんな結果が来ても楽しむことができる。これは「遊び」に関わる人間ならば必要な才能なのかもしれない。新小田さんは楽しむプロでもあるのだろう。

これからもゲームの歴史は進んでいく、新小田さんの、私たちの歴史も進んでいく。これから思いもよらないようなゲームも生まれるだろう。私たちはこれからどんなゲームに出会うだろうか。楽しみだ。

座右の品
親父のサインボール

「新小田裕二」の成分表は、「おやじ譲りのエンタメ精神」が半分と、「おかん譲りのプライドの高さ」が半分とで形成されている。親父が「ユウジがんばれ、体に気をつけてな」と書いてるが祐二のユウが間違ってる。

【略歴】

1973年11月21日生まれ 36歳 福岡県博多区出身 東京都大田区在住 福岡県立春日高校→同志社大学商学部→(株)セガ【星座】さそり座【血液型】A型【家族構成】母、兄【趣味】カラオケ【好きな食べ物】ハンバーグ【嫌いな食べ物】たまねぎ(火が通っていれば可)【お気に入りスポット】六本木スーパーデラックス【好きな芸能人】小林賢太郎(ラーメンズ)【座右の銘】かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂(たとえ結果が見えていたとしても、日本人には、やらなくてはならない時がある。(新小田意訳)【好きなタイプ】ショートカット【嫌いなタイプ】謙虚さがない人【子どもの頃の夢】ラジオパーソナリティ(夢かないましたhttp://ototoy.jp/feature/index.php/20100114にてポッドキャスト配信)

※新小田さんは以下の活動にも関わっています。
青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム http://www.hirc.aoyama.ac.jp/wsd
デジタルハリウッド“こどもラボ” http://www.kodomo-lab.net/
リアル脱出ゲーム http://realdgame.jp/v/top/
自由大学 http://www.freedom-univ.com/

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2008-10-13-MON






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