若菜智 神戸ステーキハウス 福生: 東京ふうの人新聞

東京西部の玄関口。約6万の人が住み、面積の32%を米軍横田基地が占めている。その異質な成り立ちと同様、戦後から現代へと育まれてきた文化も、「アメリカでも、日本でもない」全くオリジナルな雰囲気を形成し、独自の発展を遂げている。そんな福生市に店を構えること約35年。基地のフェンスを眼前に控えた国道16号線沿いに、70年代を想起させるレトロな店構えの神戸ステーキハウスがある。今回は同店で店長を務める若菜智さん(42)の足跡を辿った。(文責:宮崎智之)

「ベトナム戦争が終結したら外人客が減る」

若菜さんの両親は福生駅東口付近、いわゆる「赤線」と呼ばれる地域に外人バーを、そこから少し離れた場所に日本人バーを営んでいた。当時の福生には多くの米軍ハウスが軒を連ね、夜の街「赤線」は昼から営業。ベトナム戦争で気が立った軍人と、高度成長期を向かえて浮かれていた日本人とで、何ともいえない活気に満ち溢れていた。「外人さんや綺麗なお姉さんが、たくさんいた中で遊んでいました」と幼少期を振り返る。

しかし、「ベトナム戦争が終結したら外人客が減る」と予想した若菜さんの父親は、場所を国道16号線沿いに移動し、1972年に同店をオープン。現在では4代続けて食べに来るファンを獲得するまでの老舗に成長した。「日本に行ったら食べなさい」と親に言われて来店する、軍人の息子もいるという。

さて、当の若菜さんといえば小学生で洋楽に目覚め、60年代、70年代のロックやポップスを中心に聞きあさっていた。「福生という環境の中では洋楽に接することが多い。また、外人バーで使っていたレコードも自由に聴くことができたんです」。もちろん、ギターは買うことができなかったため、ほうきで演奏を真似た。

中学生になってからは、学校の先生に特別な許可をもらい、若菜さんの店で友人たちとアルバイト。汗の結晶である約6万円でグレコのストラトキャスター(ギター)を買い、バンドを組んだ。高校では軽音部とロック同好会が盛んな都立北多摩高校に狙って入学し、両部に所属。「プロになりたいという気持ちが強かったので、様々なジャンルの音楽に取り組んでいました」。後に同店の店長となる下地としては、3年間、立川市の寿司チェーン店でアルバイトし、友人と二人で店をほとんど任されるまでになっていた。

「みなに信頼してもらえる中身の大きい店舗を目指していきたい」

そんなアルバイトに勤しむロック少年も大学に入学し、人間関係が変わるにつれて徐々に音楽から遠ざかっていった。代わりに何をしていたのかというと、日本全国のユースホステルに泊まってレポートを書き、世間に広めるという地味な活動をする「ユースホステルクラブ」に何故か入部した。しかし、ここで若菜さんは人生観を変えるほどの重要な事柄を学ぶ。「クラブの内容云々ではなく、先輩の人間性に惚れ込んで入部したんです。いろいろな所に連れて行ってもらったり、本当に可愛がってもらいました」。後輩への接し方など、たくさんのことをクラブで教わり、「自分の後輩に対しても同じように接しよう」と心掛けた。

そこで学んだ「人への接し方」は、若菜さんのどこか「頼れる兄貴風」な人格形成に影響を与えただけではなく、接客をする上でも多分に役立っている。就職活動で一時はサラリーマンになることを考えるも、適性を欠くことに気が付き断念。父と店を切り盛りしていた叔父が独立することで人手が足りなくなったことや、パブでバイトしていたことなども重なって、同店で働くことに。以来、お客さんとの繋がりを大切にする店づくりを目指してきた。

「売り上げなどの数字も、もちろん重要ですが、まずは人間関係を作ることが大切。そうすれば自然に店に足を運んでもらえるようになるんです」。お客さんとの関係の中で勉強になったことを、ブログで紹介する着想も、心の繋がりを大切にする視点から生まれたものだ。「店舗を増やすことで成長している会社もたくさんありますが、みなに信頼してもらえる中身の大きい店舗を目指していきたい」と話す。

興味を持ったことには、とことんこだわって妥協を許さない性質でもあり、ダイビングとトレーニングをライフワークとしている。ダイビングでは自然の楽しい面だけではなく、「自然へのリスペクトを忘れると、とんでもない落とし穴に遭遇してしまう」という厳しい一面も学んだ。また、HP制作にも力を入れ、SEO対策にも精通している

今後の夢は、次代を担う子どもたちのためになる活動をすること。また、現在、福生では様々な人が、イベントの開催や、WEB上で魅力を発信する試みなどを行っているが、「福生を盛り上げようという若者や、外から来た人の応援もしていきたい」と地元民としての心情を語る。

「若い人のエネルギーに触れて、福生の魅力を再認識できました」。何歳になっても学ぶことを忘れない柔軟な姿勢と、一つのことに集中できる精神力。「健康であれば人生の途中で大変な壁にぶつかったとしても乗り越えられると思うんです」と話す若菜さんは、誰よりも瑞々しく輝いている。

座右の品
風の谷のあの人と結婚する方法

メールのやり取りから生まれた作品。哲学、宗教、その他の学問を勉強してきた中で、著者が感じ取った大切な部分を自身の生活の中の出来事に例えて分かりやすく説明している。自分も振り返ってみて「そうだな」と思える部分が多く、共感できる。

【略歴】

1965年 5月15日生まれ 42歳 東京都福生市生まれ 同市在住 福生市立福生第三小学校→同第一中学校→都立北多摩高校→亜細亜大学経済学部→二葉栄養専門学校→神戸ステーキハウス【星座】牡牛座【血液型】O型【家族構成】父母妹【趣味】ダイビング、写真、インターネット、トレーニング【好きな食べ物】ステーキ、ハンバーグ、寿司、蕎麦【嫌いな食べ物】ゲテモノ系【お気に入りスポット】スポーツクラブ(週に3〜4回はトレーニング)、公園、サウナ、海【尊敬する人】父、瀬島龍三【好きな著名人】須藤元気(元総合格闘家)、ハービー・山口(写真家)【座右の銘】「求めよ、さらば与えられん」(聖書の中の言葉。クリスチャンではないが、偶然に聞いた言葉で気に入っている)。「木鶏に似たり」(荘子)【好きなタイプ】シム・ウナ(韓国の女優、代表作に八月のクリスマス)【嫌いなタイプ】人の粗拾いばかりする人【子どもの頃の夢】ミュージシャン

神戸ステーキハウス http://kobesteakhouse.jp/
ブログ http://satoshi-wakana.com
mixiコミュニティ http://c.mixi.jp/kobesteakhouse

TOP
2007-08-06-MON






CATEGORY
恋愛面
人生面
芸術面
社会面
経済面
国際面
スポーツ面