中沢紳輔 Webクリエイター

「縦と横がキチンとしていると『ゥヒョー』ってなる」。見栄っ張りで超ミーハー、落ち着きのないこの男は真顔で言い放つ。中沢紳輔さんはWebクリエイターを地でいく、ちょっと変わり者の27歳だ。グランジ大好き、習い事大好き、モテない、自称・他称超ミーハー、団地大好き、いじられキャラ、デザインマニア。この男と話をしていると、自分の中にある「ふつう」の概念が危うく感じられる。 (文責:吉田裕介)

「四角い土の塊がまったく異なる形に変化していく様に恍惚とした」

現在はいわゆるニート。群馬の実家で、Web制作の一線に立ち返るために虎視眈々と作品を作り込む日々を送っている。「とにかく整っているもの、きちんとしている状態が好き。それがすべて」。前職は印刷会社の営業だったが、半年ほどで飽きてしまったという。「ずっと手を動かしてデザインをしていたい。集中したい、どっぷりとつかりたい、陶酔感を得たい」。

なぜデザインなのか?という問いに対しては、「原風景は小学校の図工の授業での粘土をこねる感触。四角い土の塊がまったく異なる形に変化していく様に恍惚とした」という答え。所与のものとして、デザインやものづくりに対する感性が備わっていたようだ。中沢さんを見ていると、「クリエイター」とは人によっては何でもないことの中に宇宙を見いだす能力を持った人のことを言うような気がしてくる。おなかが減った時にご飯が食べたくなるのと同じレベルで、彼らは粘土の中に生きる喜びを見出す。デザインを選んだのではなく、初めからそこに住んでいるのだ。

トイレにいくのも面倒で、ペットボトルで用を足したことも

中学時代はいじめられた記憶がある。天性のいじられキャラで、ちょくちょくAIBOのものまねをさせられた。 高校時代、ニルヴァーナ好きの友人にバンドに誘われ、ベースを担当する。わけもなくムシャクシャしていた青年はキャッチーでありながら反社会的なグランジの爆音に自分を見出した。卒業後は、有名ミュージシャン講師が多数在籍する「音楽学校メーザーハウス」に入学。しかし、プロになろうと憧れて入学した学校も、レベルの高さとミュージシャンの食えない現実に失望し、大学受験を決意する。

浪人時代は丸1年間予備校も行かず、ほとんど家も出ず、本を読み独学で勉強した。勉強にはまりこんでいるときはトイレにいくのも面倒で、ペットボトルで用を足したことさえある。「もう完全に引きこもりだった」。猛勉強によって偏差値は20以上上昇、第一志望こそ届かなかったものの、納得のいく大学に入学することができた。

大学卒業後は、Web制作会社でデザインの仕事に就くが、そこで激務をこなすうちに体を壊す。療養後は印刷会社の営業として働くが、「ものづくりの陶酔感の中にしか喜びを見出せない」と言いきる中沢さんは、営業よりデザインの仕事がしたくて退職、現在に至る。

一見神経質そうな外見からは想像しにくいが、奥に何かを秘めた独特の空気を持つ。何かにはまりこんだときの集中力、爆発力がその源なのだろうか。

「とりあえずはWeb制作のスキルを上げる。悶々とする気持ちを制作にぶつける。30代は制作一本で、40代は取り仕切る側に回りたい」。自分で「モテない」と言うものの、ツボに入った時のこの男は、恋も仕事も、とにかく“何かしでかしてくれそう”な気配に満ちあふれている。そこには迷いはなく、ただやるだけだ。選択肢なんてなかった、Born To Beな男である。

座右の品
ネヴァーマインド

ソングライティングのセンス、静と動の躍動、反社会的な態度、すべてが最高。

【略歴】

1980年2月20日(カート・コバーンと同じ) 27歳 群馬県伊勢崎市出身 同市在住 伊勢崎市立北第2幼稚園→伊勢崎市立北第2小学校→伊勢崎市立第3中学校→県立伊勢崎東高校→音楽学校メーザーハウス→引きこもり浪人→明治大学商学部→株式会社イメージソース→株式会社JAプリテック→ニート【星座】みずがめ座【血液型】A型【家族構成】父母祖母妹【趣味】ギター、ドラム、団地を見る【好きな食べ物】寿司(青柳、淡泊なもの、光り物が好き)お気に入りの寿司屋は築地「大和」【嫌いな食べ物】梅干し、漬け物(色が付いているもの)【お気に入りスポット】聖蹟桜ヶ丘1丁目の町並み(映画「耳をすませば」の舞台)【尊敬する人】カート・コバーン【座右の銘】伝移模写(物に学ぶという姿勢を生涯貫いた漆工芸家、松田権六の言葉)【好きなタイプ】女の子らしい女の子が好き。「めざにゅ〜」の杉崎美香(八重歯が好き)、チャットモンチーのボーカル【嫌いなタイプ】ギャル、若槻千夏【子どもの頃の夢】カメラマン

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2007-06-14-MON






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