高山晶三

イタロ・カルヴィーノ著「木のぼり男爵」。主人公は家族から出されたカタツムリ料理を食べる事を拒否し、木に登る。木に登ったままその生涯を終えるが、陸地では見えなかったものを見、作れなかった関係を作る。アルバイトをしながら役者、タレントとしての活動をしている高山晶三さん(33)の好きな本だ。在日韓国人3世である彼は、先天的な木のぼり男爵だといえる。「証明書上は韓国人、韓国に行けば日本人。どちらもオレの土地じゃないって思った」。意図して登ったわけではないこの木の上で高山さんは何を見て、どんな関係を作っていったのか。(文責:渡辺タケシ)

「君は何者なんだ、ってよく言われてた」

所属芸能事務所(株)エムズ・ファクトリーのプロフィールには“昔、実家が焼肉屋だった為、焼肉番長と呼ばれ、彼が作る韓国料理にはファンが多い”と書かれている。役者業の傍ら、様々なイベントにおいて料理の手腕も発揮する。焼肉をはじめ、韓国料理はもちろん、焼き鳥、海鮮丼、ホットドック。手作りならではの良心的すぎる価格で、会場を別のアプローチで盛り上げる。「何でも普通であっちゃいかんと思う。養成所に通って役者になるとかじゃなくて、違う視点から挑戦したい」。それは本心だと思われるが、役者としての道を辿る時、他の人と同じではいけないという危機感の現れでもある。

「君は天才だね、ってよく言われる」。小学校の時から映画が好きだった。小学校6年生の時に西遊記で迷わず悟空役に立候補し、結果、校長先生方一同から喝采をうけ、「将来は役者になろう」と決めた。高校を卒業してすぐ神奈川の工場に就職したが、それは上京の糸口にすぎなかったのかもしれない。「役者になりたい」。「とりあえずモデル事務所に履歴書を出そう」。だが、結局採用はなかった。テレビ局で働けばコネが出来るのではないかと思い、テレビスタジオの電飾の会社でアルバイトする。撮影で一緒になったモデルの人に「僕、モデルになりたいんです」と、唐突に声をかけた結果、履歴書では拒否されたモデル業界は入り口は簡単に開いた。

はじめの事務所では広告モデルの仕事が多かった。高山さんのこの時のパワーはもっと上を目指していた。ある広告の撮影で大手芸能事務所オスカープロモーションの人に出会う。「オスカーにいきたい」。紹介を取り付け移籍に成功する。「仕事はないよ」と言われていたが、移籍直後立て続けて仕事をとってくる。

「君は何者なんだ、ってよく言われてた」。“アートネイチャー”、“ドコモ”、“積水ハウス”、名だたる大企業のCMに抜擢される。「深夜のテレビに自分が出てくる出てくる」。この頃、目黒の「虎の穴」という焼肉店でアルバイトもしていた。当時の「虎の穴」は90年代後半の旬な芸能人はほとんど来ていた。「みんなオレが焼いた肉を食べて育ったと言ってもいい」。多くの事業家も来店したが、度々、先の言葉を投げかけられる。「君は、すごいね。君は、何かしているのか」。全身からギラギラしたパワーが溢れ出していた。

あまりあるパワーは、また、違う挑戦を求める。「CMは楽しかったが、広告モデルに飽きてきた」。「演技をしたい」。事務所を辞めてフリーになる。「虎の穴」も辞める機会にお客さんに誘われて共同経営者として自分の店を立ち上げる。昼間は自分自身の営業、タレント業、夜は自身の店に立つ。そして十何時間も働いて「意味もなく、帰ってきてから走ったりしてた。日本中で一番がんばってる自信があった」。

生まれながらにして木の上にいる男爵

「今でも忘れられない2000年1月5日」、帰省中に突如全身がしびれて呼吸困難な状態になる。今までの生活がたたった。東京に戻っても目が回って歩けない状態が続く。「なんて自分って弱いんだと思った」。体調の悪さはすぐには治らなかった。生活があるのでアルバイトも仕事もしていたがどうにもならない。

「韓国へ行こう」。ある日、ふと思った。東京が生き苦しかった。環境を変えたい。また、自分としてのルーツを探る意味でも。そして、新しい挑戦の為に。日本に帰るつもりはなく、片道の切符だけをもって飛行機に乗り込んだ。「今考えると天国と地獄を両方味わった旅だった」。前半はいろんな人にであったり、助けられたりして天国だった。後半が地獄だった。神は高山さんを放っておけないのだろう。ひょんな偶然でソウル大学語学研究院に入ってしまう。

「京都大学とかスタンフォードの学生と一緒に全て英語の授業をうけるんだけど、これはつらかった」。なんとか学校は卒業したいとの思いで、卒業までこぎつけるが、卒業した時点で高山さんのパワーは尽きていた。日本に帰ってくる。「帰った時には後悔していた。けど、韓国生活を続けられる状態ではなかった」。

日本に帰ってきて程なくして結婚をする。役者として高山さんに期待を向ける人からは反対の声もあった。「人生を変えたかったし、役者としても結婚することが必要なんじゃないかと思った。今からオレがトヨエツになれないし、人と違う道を辿るべきだと思った」。現在、二人目の子供が誕生したばかりだ。

「二人目の子供が生まれて、より子供が愛おしく思う。このまま役者を続けても3年経って変わらないかもしれないと思うと、役者を辞めた方がいいのかとも思う」。生きていくということは大事なものが増えていく事と同じかもしれない。それをしがらみと言う人もいる。

高山さんのパワーはこれからどこに向かっていくのか。知人からは「1本にしないと成功するのは無理だろう。パワーをいろいろな事に使い過ぎだ、って言われる」。

でも、「オレはすべてがうまくいって、周りもうまくいってほしい」。家族も、役者業も、料理も、捨てられない。うまくいくかどうかは「自分を信じられるかどうかだと思う」。演技には演者の生き様が反映される。生まれながらにして木の上にいる男爵。男爵は、まだ木から降りてこない様子だ。

座右の品
ホンダ“today”

鉄の馬だね。

【略歴】

1974年7月8日生、東京都世田谷区在中、山口県出身→山口県立小野田高等工業学校→市光工業→ゲン企画→オスカープロモーション→フリー→ヒロキ企画→(株)エムズファクトリー【星座】蟹座【血液型】O型【家族構成】嫁・子供2人【趣味】料理【好きな食べ物】かき【嫌いな食べ物】パクチー【お気に入りスポット】皇居の周り【尊敬する人】布袋寅泰 【座右の銘】やさしさ【好きなタイプ】信心深い人【嫌いなタイプ】ずぼらな人【子どもの頃の夢】兵隊

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2008-06-23-MON






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