我々 安藤大 石井宣治: 東京ふつうの人新聞

「ガールズトークは最高に楽しいんだよ」とよく女性たちが言っているが、男同士だって負けてはいない。ボーイズトーク。もちろん90%以上は下ネタだが、語り合う男…いや“漢”たちの心はいつだって少年の純粋さ。あるかないかもわからない漠然とした自信が、宇宙と同じくどこまでもやみくもに膨らみ続ける。(文責:吉田直人)

限りない未来への予感に満ちていた夜の散歩

「夜の散歩中の会話で思いついたことを、どんどん形にして行ったってかんじなんです」。

“我々”という名のユニットを組み、音楽活動を行っている安藤大さんと石井宣治さんは高校時代の同級生だが、当時は特に一緒に遊ぶ間柄ではなかった。しかし、高校卒業した後、安藤さんが三鷹の風呂なしアパートに住んでいたとき二人は急接近。

「石井が家から徒歩30秒の距離に引っ越してきたんです。毎晩飲んだりしているうち、一緒にいろいろするようになりました」。

やがて、夜中の散歩が二人の日課となる。

透明な夜の空気の中を、好きな音楽や好きな女の子の話をしながら歩いた。会話は興味の行き先にまかせて変わっていく。それは曲がった角のへんな看板だったり、たまたま撮った写真だったり。意味のない下らない話も、悩みも、メリーゴーラウンドみたいにくるくるまわって、面白いアイデアへと変わって浮かんでくる。

不可能なんて何もない。その時、まるで「スタンドバイミー」の少年たちのように「何だってできる」という予感がに二人を包んでいたに違いない。

「あの頃は、まるでキリストのようなオーラが出ていたよね」

現在では音楽活動をしている二人だが、意外にも最初に行った活動は写真集の自費出版だった。「最初に作ったのは俳句の本でしたね。石井さんが俳句を作って、僕が写真を撮るという形で」と、安藤さん。

なぜ俳句?

「俳句の本歌取っておもしろいなーってことと、二十歳くらいのときだったかな、カメラに興味を持って、いつも持ち歩いて撮っていたので」(安藤さん)。音楽に限らず、二人の興味の幅は広かった。

そうはいっても、個別に音楽活動はしていた。

安藤さんは高校時代からバンドを組み、現在とは全く雰囲気の違うノイズ系バンドで活動を続けていた。「このころは何もやる気が出なくて、髪すら切ってなくて腰まで髪が伸びていました」。いつも小綺麗な格好をしている彼からは想像ができない姿だ。

「あの頃は、まるでキリストのようなオーラが出ていたよね」と石井さんは当時を思い出して笑う。

一方、石井さんは高校時代、バンドは組んでいなかったものの、とにかく音楽ばっかり聴いている少年だった。「とくにブラジル音楽に憧れていました。NHK Fmを聴いて、ピーター・バラカンの影響を受けたりしてましたね」。

そしてその電波は運命の周波数によって、石井少年とジョアン・ジルベルトを出会わせた。「啓示があった」。彼は大学へ入学したらサークルでバンドをやることを決意する。

日本の中流家庭に育った者にも作れる新たな大衆音楽

一緒に音楽を作り始めたきっかけとなったのは、二人が主催したライブイベント“イキし世の面影”だった。「偶然、“グッドラックヘイワ”のファーストライブを観て衝撃を受けた」と石井さん。「絶対に彼らを呼んだイベントを開きたい」と思った。「そのとき、どうせだったら自分たちも出てしまおう」と思い、そのとき生まれたユニット名が“我々”。その後の二人の名前となる。

我々はショーロの編成をとっている。ショーロとはブラジル最古の音楽。ショーロという言葉には“むせび泣く”と“ダンス”の意味があって、この2つが結びつくというのは面白い。

「今まで世界中でヒットしている音楽って、“何かに対するアンチテーゼ”であったりしたと思うですね。それに対して、ジョアン・ジルベルトって人の音楽は“気がついたら世界中で聴かれている”もので、他に例外がないんですよ」(安藤さん)。

日本の中流家庭に育った自分たちにも面白いものは作れるのだと気がつく。ジョアン・ジルベルトの名盤、通称“ホワイトアルバム”。「それを超えるものを作りたい」。こうして新たな大衆音楽の可能性を二人は探求し続ける。

「毎日練習です」。春先、花見でどんなに酔っ払っても、翌日のスタジオを意識して二人は帰る。キャンプに誘っても「“我々”二人で合宿があるから」と意思は固い。

何も言わずに二人で消えたりするから、あやしい男二人に見えることもあるが、音楽に対する姿勢は非常にストイック。

「楽器を始めたのは決して早くない。人に聴かせられるようになるために、ひたすら練習」と謙虚だ。

「ふつう」は「最高」に代わる一番良いって意味で使われている価値観

最後に“ふつう”について聞いた。

「“ふつう”というけれど、人間、誰もが“変態な部分”と折り合いをつけて生きているんじゃないかな。異性ことははっきりとはわからないけれど」と石井さん。

「“ふつう”って今はいい意味で使われるんじゃないかな」と安藤さん。「“一番になりたい”とか、例えばパンクやってる人なら“最低になりたい”という価値観があると思うんだけど、今世の中で使われている“ふつう”って言葉は『平均的』って意味合いよりも、今までの『最高』に代わる一番良いって意味で使われている価値観のように思える」。

“仲良きことは美しきかな”と武者小路実篤の言葉にあるが、人生において何が一番幸福かって、それは“仲良し”と出会えること。

「一人で何かをやっている人の中には“一人で全部やらなきゃ”って考えている人もいるけれど、そんなことはないと思う」と安藤さん。「人生、誰と何を出来るかわからない。まだ出会っていない人でも、もしかしたら身近なところにそういう人がいるかもしれない」と石井さんも同意する。繊細な六弦の振動に、パンドリンの音色が切なく重なる。お洒落なのに、あたたかさと親しみを感じるのは、二人の“仲のよさ”が伝わってくるからかもしれない。

「あの頃、夜に二人で散歩しながらいろいろしゃべるのが楽しかった。そのせいか今でも散歩は大好きですね」と石井さん。

些細なことほど、本当は素晴らしい。“運命の仲良し”は意外と、身近なところにいるかもしれない。

座右の品
パンドリン

マンドリンの一種。石井さん選「生涯かけて打ち込みたい事業。“マンドリンといえば石井宣治”といわれるようになりたい」

【略歴】

安藤大
1979年10月29日生 静岡県三島市出身 東京都武蔵野市在住 船橋市立法典西小→船橋市立行田中→千葉県立幕張総合高→ノイズ系バンド→我々【血液型】A型【星座】さそり座【家族構成】父母妹【趣味】最近食べ物について話すのが楽しい 【お気に入りスポット】お茶の水にある狭いスタジオ【尊敬する人】松本人志 【好きな食べ物】特にないですね【嫌いな食べ物】カニとエビ【好きなタイプ】怒らない人【苦手なタイプ】特になし【座右の銘】「作品には、その人が信じるものだけが出る」【子供のころの夢】小さいころはスターになりたかった。その後は本屋さん

石井宣治
1979年6月9日生 千葉県習志野市出身、在住 習志野市立実花小→同第四中→県立幕張総合高→駒沢大学文学部英米文学科(シェークスピア専攻)→警備員→某イケてる有名書店勤務→ウェブ専門学校(職業能力開発センター)→ウェブ関係会社勤務/我々【血液型】A【星座】ふたご座【家族構成】父母姉兄【趣味】散歩 【お気に入りスポット】渋谷のタワーレコード【尊敬する人】ジョアン・ジルベルト【好きな食べ物】なすの揚げ浸し【嫌いな食べ物】大根のサラダ【酸いなタイプ】何を言っても笑ってくれる人【嫌いなタイプ】ヒステリックな人【座右の銘】「地獄に行って鬼に負けるな」【子供のころの夢】世界一大きいガソリンスタンドを経営すること

HP→http://www.wareware.jp/

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2010-04-01-THU






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