久野隆昭: 東京ふつうの人新聞

ガタムというのは南インドの打楽器だ。インド内の一部の職人によってしか作られない素焼きの壷で、その壷をあぐらをかいた状態でお腹の前に乗せ、両手の手のひら、手首を使って演奏し、壷の側面、ネック、口を叩き分けることにより様々な音色を出す。インド古典音楽(カルナーティック音楽)の演奏で使われる。「ガタムの音は動きのある低音と硬質な高音が特徴的」ということだが、日本のポピュラーミュージックでは聞く機会がない独特の高揚感のあるリズムを聴かせてくれる。久野隆昭さん(29)はプロとして演奏活動をしている、日本で唯一のガタムプレイヤーだ。(文責:渡辺タケシ)

仕事を辞め、奥深いガタムの世界へ没頭

「ふつうの人ですよ」と久野さんは自分のことをいう。インドの楽器というと演奏者まで土臭くて、ワイルドなイメージを持ってしまうのは私だけだろうか。髭は必須だと思うが、その髭すら生えていない。久野さんの風貌は清潔感漂う。質問をしているこちらが恐縮するくらい丁寧な物腰、口調。演奏している図をイメージするのが難しいが、実際の演奏は素晴らしいものがある。どんな演奏でも笑顔で、楽しそうに演奏できるのは氏の鍛錬の賜物だろう。

ガタムにあったのは「流れ」だったという。「学生時代は本気で全てを見たいと思ってました」。幼少の頃から両親の仕事の関係で英語が身近にある生活をしていた。中学、高校と得意教科は英語であり、大学も東京外語大学に進学。海外と関わる生活を意識した進路だった。大学入学後に憧れだった一人海外旅行に乗り出す。「大学1年が終わった春休みにエジプト、イスラエル、トルコを旅行しました」。その後も中国、インド、チベット、パキスタン。休学をしてイタリア、フランス、オランダと旅行した。

この学生時代の旅行ではガタムはまだは遠いところにいた。「旅行中に音楽を聞きますよね。旅先であった人でインド音楽を聴く人がいて、僕もインド音楽を聞くようになりました。その時はただ聞くだけだったんですけど。インド音楽って深いんだなぁ、くらいですよ」。調べていくうちにガタムという楽器を知る。ガタムの素晴らしいCDに出会う。そして、そのCDでプレイするミュージシャンに弟子入りするとは学生時代はまったく考えてもいなかった。

大学中に休学をしていたので卒業が9月になった。来4月に就職は決まっていたので夏休みの始まる7月から暇な時間ができた。「旅行にいこうと思って。でも、ただ旅行するのも嫌だなと思い、インドにガタムを習いにいこうと思いました」。「やるからには真剣にやると思ってましたが」、はじめは仕事の余暇にプレイできたらいいと思う程度だった。

インドでは「旅のスタイルとして足で探すのが好きなんです」、という通り、お寺の前でガタム奏者が出てくるのを待っていたという。ガタム奏者は出てこなかったが、お寺の人からガタム奏者のリストを獲得することができた。その中から名簿順に弟子を受け入れてないか電話し、先生を見つける。

「はじめの3回のレッスンではまりました」。南インドの音楽にはきわめて哲学的な思想がある。リズムを時間全体から考えて細分化していく概念、数学的理論をベースにした変拍子、ヒンドゥー教を基に発展したその歴史、どれをとっても奥の深いものばかりだった。約半年のガタム留学といってもいい旅を終えて日本に帰り、就職をする。1年半の間仕事をするが退職し、再びインドに渡る。「仕事を辞めていくからには食べていけるとは思わなかったけど、覚悟はありました」。

「一個を突き詰めて全てを知るっていうのはあり得る話だと思う」

再度のガタム留学では師として、先のCDのプレイヤーである、世界でナンバー1のガタムプレイヤーV.Sureshを師匠に選ぶ。「師匠は足が悪く、背は僕より低いんですが、ステージではとても大きく見えます」。「1番目の師匠もそうだけど、僕にとっては師匠はずっと師匠です。師匠に会ったらどんな時でもナマスカーラム(自分は寝て師匠の足に触る挨拶)をします」。

V.Sureshについてのガタム修行はほとんど付き人生活だった。「ライブ中は師匠の後ろに控えます。中盤でお粥を食べるのは分かってるから用意して、咳をしたら飴を用意して。指示をされることをするのではなく、解釈して自分で考えて」接する環境だった。「一番目の師匠には基本を徹底的に叩き込まれました。そして、今、僕が演奏できることの全てはV.Sureshからいただいたものです」。帰国後、東京を拠点とし、ライブ、ワークショップ活動を積極的におこなっている。

ガタムでの演奏活動を「一生やるでしょうね」。「ガタムは自分に合っていて、まだまだ突き詰める部分は無限にあります」。「師匠がそこに行き着くまでに多くのステップがあります。なんで作ったか、どうやって作ったか、学ぶ側によってどれだけでも学ぶことがあります」。最終的にはガタムの鍛錬が「どう生きるか」「人間性」といった部分にも及んでいく。

世界の全てを見たいと思って旅に出た。その思いはガタムという壷に行き着いている。「全部を知りたいっていうのは不可能な話だけど、一個を突き詰めて全てを知るっていうのはあり得る話だと思う。全然違うジャンルでも話が通じることがあります。どの世界も突き詰めたら同じだと思う。いろんなアプローチがあって、結局は一つに通じると思います」。

インド古典音楽自体もそうだが、南インド音楽はその中でも比較的マイナーであると自身もいう。「ライブ、ワークショップを通じて知らない人でもわかってくれたらいいと思います」。プレイヤーとして「ライブを拡張させて、多くのお客さんに楽しんでいただけると嬉しい」という。

ガタムという楽器は珍しいかもしれない、しかし、観客を楽しませたいという気持ち、ガタムに惚れ込み、その深さを追求する気持ちは普遍のものではないだろうか。久野さんの「ふつう」が日本での南インド音楽の波及に影響していく。

座右の品
ガタム

いろいろな子がいるけど、みんな大事

【略歴】

1979年8月31日生、愛知県名古屋市出身、東京都国立市在中、名古屋市立本城中学→愛知県立明和高校→東京外語大学フランス語学科→某メーカー貿易部→ガタム奏者【星座】乙女座【血液型】A型【家族構成】父・母・弟二人【趣味】ガタム【好きな食べ物】茄子、寿司【嫌いな食べ物】ない【お気に入りスポット】自宅【理想とする人】両親、師匠【好きなタイプ】笑う人【嫌いなタイプ】驕ってる人【子どもの頃の夢】ゴミ収集の人

ブログ→http://ghatam.exblog.jp/
ライブ情報→http://ghatam.exblog.jp/i8/

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2009-01-05-MON






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