谷修: 東京ふつうの人新聞

12月の寒い公民館の一室、鬼気迫る表情の男がいる。
一度芝居がはじまってしまったら、元の彼はどこかへ行ってしまう。いや、こちらが本当の姿なのかもしれない。(文責:吉田直人)

競艇選手の道が断たれ、引きこもり生活に

「芝居をやっていなかったら生きていなかったかも」。
谷修さん(たに・おさむ 25歳)が代表を勤める演劇ユニットウンプテンプカンパニー
は2009年1月8日から能楽作品「卒塔婆小町」をベースにした舞台「三日月のセレナーデ」を上演する。弱冠25歳が代表を務める小劇団とあなどることなかれ。人間の描き方や徹底された世界観には心奪われる魅力がある。 芝居のキャリアは長い。両親がお芝居を好きだった影響で、小学校の低学年のときにオペラやミュージカルをメインとする劇団に入団。「高校一年まで在籍していましたが、中学三年のときにはじめて“良さ”知りました。やはりみんなで作り上げる楽しさですね」その一方、学校では卓球部を作ったり、サッカー部も兼部したりと、とても活発な少年だった。

谷さんが進学した高校「私立自由の森学園」はその名の通り、かなり自由な雰囲気だった。「演劇科とかで芝居をやっていたわけではなくて、“お前やる?じゃあ一緒にやろうよ?”みたいなノリでやっていました」。

ここまで聞くと、谷さんはかなり“芝居一筋”に進んできたように思えるが、そうではない。彼が大きな挫折を味わったのは、全く別のことだった。

大学を中退した後、しばらく介護関係の仕事をしていた彼は突然、競艇選手を目指して猛勉強を開始する。倍率は30倍の超難関。その中で平均年収2000万円を稼ぐ選手はさらに十人に一人という狭き門を、本人曰く“妙な自信”で突き進んだ。「きっかけはとある漫画を読んだことだったのですが、親孝行ができる仕事がしたいなって思って」。厳しい試験を突破していった谷さんだったが、最後の最後で体調不良でだめになり、競艇選手の道は断たれてしまった。

集中していた反動だろうか、その後谷さんは無気力に陥ってしまい、家へ引きこもった生活を送るようになってしまった。“寝ながら、片手だけでゲームをやる”ことくらいしか出来ない日々。こういう精神的なつらさはというのは、他人からは理解されづらい。ときには怠けているように誤解されるかもしれない。本人しかわからない分だけ、つらさも大きい。

「死にたいなどという願望はないですが、“限界”を感じてプツンとなってしまったことはあった」。溜まっていくやり場のないエネルギー。

そんな状態を救ったのが“芝居”だったのだ。

「僕は“あたり前”のことは何一つできませんから」

昔所属していた団体に戻り芝居を再開し、活動しているうちに出会った劇団に参加していた時期もあった。現在代表を務める演劇ユニット「ウンプテンプ」(2008年4月よりウンプテンプカンパニーに改称)へは第2回公演からの参加で、谷さんを誘ったのは自由の森学園で講師をしていた演出家の長谷トオルさんだった。

「多数派とか少数はとか、わかりませんけれど、世の中にはふつうというか“あたり前”と言われていることってありますよね? 僕は“あたり前”のことは何一つできませんから」。

芝居を離れているときの谷さんはとても静かに話す青年だ。混雑した週末の喫茶店では、テーブルをはさんだだけで声が聞きとれないほどに。

“あたり前のことは何一つできませんから”彼はそんなふうに自分を茶化していたけれど、“あたり前のこと”とはなんだろうか。確かに誰もが日常的に行っているような行為は存在する。しかし、価値観が多様化した現代社会では、人の数だけ“ふつう”があるように、人の数だけ“あたり前のこと”は存在するはずだ。できることも、できないことも人それぞれ違ってなんら不思議はない。

例えば「夜中にバイトをして、昼間は厳しい稽古に明け暮れ、そんな疲れは舞台上では決してみせずに鬼気迫る演技を見せる」ことは、一見“あたり前ではないこと”に見える。このようなものに私たちの心は揺り動かされるのも事実だ。でも彼はきっと、「それは僕にとっては“あたり前”のことですよ」と言うだろう。そんなふうに考えると、世の中に“あたり前”のことなんて実はそれほど存在しないのかもしれない。

谷さんが出演する「ウンプテンプカンパニー第6回公演『三日月のセレナーデ』(劇作:加蘭京子 構成・演出:長谷トオル)は2009年1月8日〜12日、シアター風姿花伝にて。

時代は大正。生まれながらの宿命に抗いながら、帝都東京の横を曲がれる河原に住む人々の物語。「全員が主役というか、それぞれの登場人物が象徴的な人間の性質を持っているので、観ていただいた方は、その中の誰かには必ず感情移入できると思います」。

ウンプテンプカンパニーの稽古は厳しい。
ときに、穏やかな中に厳しさのある演出、長谷さんの声が響く。表に見えないところまで作り込んでいるから、物語に神秘性と深みが生まれ、“人間の匂い”が立ちこめる舞台となる。一昨年、初めて彼らの舞台を観たときに、プロ演劇の凄みに背筋が震えたことを思い出す。

「中退したけれど、通った3ヶ月月間はものすごく勉強したんですよ。周りからノートを期待されるくらい」と笑いながら話す谷さん。競艇の試験にしても、短期に見せる集中力はすさまじいものがあった。数ヶ月間、集中して稽古や準備を進める“芝居づくり”、彼は自然に自分の力が最も発揮される道を選びとったのかもしれない。

1月。新しいものに触れるにはよいタイミングだ。衣装も凝っていてそういう視点でも楽しめる。芝居を観に行くのが初めてという人でも必ず満足のいくはずの作品だ。

“おせちに飽きたら、劇場へ”なんて、出かけてみるのも一興ではないだろうか。

ウンプテンプカンパニーは3年間の期間限定集団。「たくさんの人に観てもらいたい」目標は“3年間で1000人”。

もの静かな青年の目に、強い決意が光る。

座右の品
今まで出会った人との関係

物に対する頓着が本当にないもので。今の僕というのは、今までに出会った人たちがいたからここにいるわけで。そう考えると、「今まで出会った人々との関係」が唯一の“座右の品”ですね。

【略歴】

1983年6月21日生 東京都豊島区出身、在住 豊島区立池袋第二小→私立自由の森学園中等部→同高等部普通科→大東文化大学環境創造学科中退→介護関係の仕事→競艇選手を目指す→役者【血液型】O型【星座】ふたご座【家族構成】祖母、父、母、姉【趣味】旅行【お気に入りポット】漫画喫茶【尊敬する人】緒形拳【好きな食べ物】ラーメン【嫌いな食べ物】ピーマン【座右の銘】人に迷惑をかけずに生きていきたい【好きなタイプ】話が通じるというか、共通の価値観がある人がいい【嫌いなタイプ】やたらと厳しい人【子どもの頃の夢】サッカー選手

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2009-01-05-MON






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