藤園明希: 東京ふつうの人新聞

ダンスと一口に言っても様々なダンスが存在する。日本舞踊、バレエ、ジャズダンス、他。アジア、ヨーロッパ、アメリカ、中南米、中東、オセアニア、その地域ごとに特有のダンスが存在する。藤園明希さん(34)は派遣社員として仕事をしながらダンス教室の先生をし、また、自身の創作活動もしている。自身を舞踏家と呼ぶのは「自分がダンスを創っている」からだという。ダンスとは踊りのことだ。そして、踊りとは行為のことだが、藤園さんはダンスをただの行為ではなくパートナーとして接している印象を受ける。(文責:渡辺タケシ)

「人の変態なところとか、いやらしいところが見えるのがおもしろい」

現在、川口(川口ダンスdeパーク)、代々木八幡(ダンスギャラリー響)でダンス教室講師をする。また、日本舞踊の名取であり、サンバチームにも所属し、浅草サンバカーニバルに毎年出演する。ダンサーとして鍛えられた肉体の動きは普通の人のものとは違う。そのバイタリティーから生み出される創作ダンスは独特のものがある。こんな風に手足が動くものなのだろうか、と思っていただけると思う。自身の創作として今年の正月には代々木八幡ではチェロとのコラボレーションダンスを披露。また、11月1日には大倉山記念館(東急東横線大倉山)にて「かみなりまつり」という作品を披露した(写真はその公演後のもの)。

小学校二年生の時にダンスと出会った。はじめはモダンバレエだった。「友達がやってたから始めた。レオタード、シューズ、タイツを揃えて。嫌なことばっかりだったけど多分のめり込んでたんだと思う」。先生は厳しく、友達はどんどん辞めていったが高校3年生まで同じ教室に10年間通い続けることになる。「バレエは先生が一人しかいないし、窮屈だった。その後、日本女子体育短期大学舞踊専攻に通う。大学ではダンス部に所属し、在学中に社交ダンスで全日本大会優勝をする。卒業後も社交ダンスのパートナーを捜しながらフリーターの生活をし、パートナーが見つかってからは1年間社交ダンスのプロとして活動する。

が、社交ダンスのコンビを解消する。「パートナーとの相性が合わなくなった」からだという。パートナーを解消するのをきっかけにダンスを自分のダンスをつくり始める。様々な窮屈さから「自由になりたかった」。しかし、今思い返してみると「ダンサーってことを言い訳にしてフリーターしてたり、演じやすいところで踊ってたりもしてた」という。昨年からは派遣の仕事をしつつもその分量を減らす。本格的にダンス講師の先生、自身の創作を軸にして「全てをダンスを中心にしてまわす」生活に移行しようとしている。「今までは自分が自分を自由じゃなくしてた。何かを辞めることとでは自由になれない。自分から何かすれば自由になれる」という。

「ダンスのおもしろいところは全ての舞台がそうだと思うけれど、本番の一瞬で終わってしまうところ」だという。しかし、特にダンスは「演劇ではストーリーとか現実問題があるが、ダンスは知覚で自分の理想とするものを追求できるところが魅力だ」という。「人の変態なところとか、いやらしいところが見えるのがおもしろい」。

理想とするダンスとはダンスギャラリー響の知的発達障がい者ダンス講座(ぽれぽれ講座)のマリちゃんのダンスだと言う。「唐突で動作が速い。的確なボケと突っ込みがあって、自由。あれが理想」。彼らからは「シンプルだけどなかなか出てこない身体のリズムが出てる」。「会得する技術とかは過程としてあるかもしれない。けど、得た結果として出てくるのはもって生まれた自分の力だと思う。それがわかるまで技術は得た方がいいと思うけど」。彼らのダンスは「シンプルで、強い」。

「舞台では踊るというか“生きる”かな」

ダンスは藤園さんが持って生まれた力を探るツールなのだろうか。「子供の頃から舞踏団に入っていてきつかったけど、もしそういうのがなくて家族や仲間とむきあっっていたらそっちの方がきついことだったと思う」。ダンスはいつも側にいた。ダンスに戻る度に自分自身を確認していったのではないだろうか。そういった自分を確認する場所として人は好きなものをやめられないのではない。

「子供の頃の夢はパン屋だった」という。「結局、今は趣味にもなってないし、深く考えてなかったんだな、と解釈していた。でも、今は分かる。生活必需品を作って喜んでもらうこと、環境をかわいく清潔に保つこと、好きな形を作ること。子供の私がとっさにパン屋さんと思ったのはこんなイメージを追ってたんだと思う」。踊りの中には誰しもが持っているダイヤのような才能のきらめきがきらめく時があるのだろう。そのダイヤを見ている人に与える為に、気づいてもらう為に、自分のダンスを磨く、みんなに見てもらう。「舞台では踊るというか“生きる”かな。舞台でこそ生きていないと駄目だ。取り繕っていたら失礼」。

踊り続ける、ダンスと会話し続ける。ダンスの舞台が終わった後に思い返して泣くこともある。「なんで泣く程好きなんだろうね。両思いになるには、見合う自分にならないとね」。藤園さんを好きな人にとってはそれが励みにもなるだろう。

「正直に生きていこうと思う。私は多分、これからもずっとこんな風にいくんだろう」。毎日を生活し、ダンスをし、一歩進んで、戻って。好きなもの、事、人は自分を確認する場所でもあり得る。そして、それを確認し、認める度に、着実に自分のなりたい自分になっていく。ダンスとの会話は終わらない。

座右の品
スケジュール帳

夢が書いてある。あまり大切なものってないけど、あえて言うなら

【略歴】

1974年2月14日生、神奈川県横須賀市出身、横須賀市在中、神奈川県立横須賀大津高等学校→日本女子短期大学舞踊専攻→フリーター、プロ社交ダンサー→舞踏家【星座】水瓶座【血液型】O型【家族構成】父・母・妹【趣味】読書【好きな食べ物】酢飯【嫌いな食べ物】らっきょ【お気に入りスポット】家の裏山【理想とする人】ジミー大西【好きなタイプ】かっこいい人【嫌いなタイプ】やせてる人【子どもの頃の夢】パン屋

【ブログ】http://akidance.006.burogu.jp/

TOP
2008-11-10-MON






CATEGORY
恋愛面
人生面
芸術面
社会面
経済面
国際面
スポーツ面