安野太郎: 東京ふつうの人新聞

横浜みなとみらい線沿線。開国当時から残る建築物、中華街、みなとみらいの高層ビル群、または外人墓地など、様々なスポットが混在して、しかも、絶妙な華やかさとハイカラさを醸し出す。港町故の異国との窓としての存在がそうさせるのかもしれない。そして、港湾都市に必ずある簡易宿泊所街、ドヤ街。横浜には寿町というドヤ街が今も存在する。横浜の明暗として区別される場合もある。作曲家・安野太郎(29)さんはみなとみらい線日本大通りに自身の事務所を構え、自宅を寿町に持つ。「横浜の持つ空気を知ってもらいたい」。横浜を舞台にしている氏の作品ではその明暗は分かれるのではなく、一緒くたになって迫ってくる。(文責:渡辺タケシ)

技術環境を用いればピープルパワーを集結させる「元気玉は可能」

安野さんの代表作品の中に音楽映画というものがある。これは任意に撮影された映像に対して、演奏者がその映像を言葉で発することで成り立つ作品だ。映像に対して「誰が何を言うかは違う。人がどういう風にものを見ているかがわかる」。通常の音楽を聴く、という行為を考えると戸惑うだろう。「記号の塊を聞く」感じだ。この作品で安野さんは横浜市先駆的芸術活動助成金を獲得し、“横浜独自のシティアートの実現を目指す” ZAIM に事務所を提供される。

寿町に住んでいるのは「音楽映画の為に横浜に腰を据えて作品を作らなきゃいけなくて、安く住めるところを探してた」時に横浜芸術文化財団の役員に今の住居を勧められたのが理由だった。「家賃なし、まかない付き」の条件でドヤ街の夜の管理人をする。固定の収入がない安野さんには絶好の条件だった。

作曲にはコンピューターを主に使う。「大学の後半からプログラミングをはじめて、はまった」。「デジタルの世界では今までの常識が0と1だけに還元されて、すごく自由になる」。音楽、映像、様々なメディアを強弱、時間、動き、様々な観点で同期し制御できる。大学を卒業後、岐阜県大垣にある情報科学技術大学院大学に通う。

「音楽はもちろん、インスタレーション、建築、哲学を背景にしている人がいて、その全てがテクノロジーという言葉で繋がっていた」。この学校への進学は「大成功だった」。現在、活動する中でもこの学校の卒業生との協力は大きいという。卒業後はフリーで創作活動を展開する。

安野作品には音楽というよりもメディアアートに近い作品が多い。最近の活動の中にフリーチベッットプロジェクトというものもある。これはチベットの流しの少女の歌声を楽譜に起こしたものをインターネット上でダウンロードし、その楽譜をもとに起こした音楽を募集し、繋げていくというプロジェクトだ。「インターネットと録音環境があれば誰でも参加できるプロジェクト」。逆に言えばインターネットがなければ成り立たない作品だと言ってもいい。「テクノロジーは大きな可能性を秘めている」。ネット上で募集された音源は綿々と連なっていく。それは、あたかもデモ行進のように。現在の技術環境を用いればピープルパワーを集結させる「元気玉は可能」だと言う。

音楽映画がNHKの深夜枠に呼ばれるのを待っている理由とは?

技術と発想を持っているのに定職につかないのはなぜだろうか。「甘いと言われるかもしれないけど、大半の仕事は給料と割が合わないと思う」。「日本というか、今の社会的に賃金の相場があるんだろうけど、自分の勝手な論理ではそれがありえない」。富と名声はほしい、しかし、「口ではそう言っているけど直接そこを目指しているわけではない。自分の作品を見てもらうにはそうならないといけないと思う」という。

ドヤ街には「ただ歩いている人、ただ座っている人がいる」。そういう部分が「面白い」という。安野さん自身も、もしかしたら、ただ作曲する人に分類されるのかもしれない。明日にプレッシャーを感じる様子がない。何かをしなければいけない、どこに行き着かなければいけない、という切迫感より、自然に創作意欲があって、それを創作し、多くの人に見てもらいたいだけというような潔さが漂う。これは、ある意味、街の雰囲気に通じている感じがする。寿町の夜を歩いてみると明日もがんばろうという感じがないのだ。だが、そこに妙な安らぎを感じる気もする。明日に押しつぶされそうになりながら生きている身から見ると、こんな生き方もあるのだと思う。

今は「音楽映画がNHKの深夜枠に呼ばれるのを待っている」という。「自殺が多いのは日曜日の夜だって言われてる。月曜日のプレッシャーに押し潰されそうになってる人が日曜日の深夜に音楽映画をふと見て、こんなくだらない事をしている奴がいるんだ、って思って自殺を踏みとどまってくればいいと思う」。もともと、あるアルバイトをしている時に偶然に思いついた構想だった。「頭の中で自分の見ている風景を言葉にしている自分がいる。あ、これを作品にしてしまえばいいじゃん。なんで、こんな簡単な事をみんな思いつかないんだろうと思った」。

「今はデンと構えているが、一年くらい前は行き詰まっていた」。音楽映画の構想ができあがり、自分では自信作だと自負していたものにあまりお呼びがかからない。「妙なプライドと鼻の高さはある」。ある時、ふっきれて様々な財団や団体に営業をかける。結果、横浜の急な坂スタジオに興味をもってもらえたのが現在の始まりだった。テクノロジーを絶賛する反面、人間的なところも多く持ち合わせているのも魅力的だ。「機械みたいにスケジュールや仕事ができる人は素晴らしいと思うし、自分もそうなりたい。けど、どうも俺のデフォルトはそうプログラミングされてないみたい」。

「もっといろんな目で見て、もっといろんな耳で聞けるでしょ、っていうのが作品の一番伝えたいところかな」。横浜の明暗を行き来する生活然り、安野さんの作品然り、安野さん自身然り、そして、多分、どんなふつうの生活も然り、何かを部分で分けるのではなく、一緒くたにして角度を変えて見る。そんな見方をすると、急に日常の一コマにとんでもない面白さを発見できる時がある。

「テクノロジーを使えばもっと面白い事が出来る」。安野さんは作曲家として様々な視点を提案する。少なくとも私は、その提案によって少しこれからの楽しみが増えた。

座右の品
MONKEY

最近、友人から買った。時と場合による趣味の今。

【略歴】

1979年6月11日生、埼玉県春日部市出身、神奈川県横浜市在住、埼玉県立松伏高等学校音楽科→東京音楽大学作曲家→情報科学技術大学院大学→フリー【星座】双子座【血液型】O型【家族構成】父・母・妹【趣味】バイク【好きな食べ物】カテゴリー分けされないもの【つまらない食べ物】あんこ【お気に入りスポット】ZAIM202号室【尊敬する人】たくさんいる【座右の銘】自然【好きなタイプ】「できる」から始めるタイプ【嫌いなタイプ】「できない」から始めるタイプ【子どもの頃の夢】宇宙飛行士

【ホームページ】http://taro.poino.net/

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2008-07-14-MON






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