松本朱音: 東京ふつうの人新聞

女は山に登っていた。ただ、どうしても高い山に登りたくなった。「いつでも登れる」なんて思っていたら、あっといういまに一生は過ぎてしまう。だから、今登る。「大事なことはそのときにしなくてはいけないから」。 「こっちはプロ意識持って、明日死ぬと思ってやっとんじゃい!!」。 「劇団」というと必ず「趣味でしょ?」と言われることへの反発。 松本朱音さん(26)、劇団で“制作”をしている。(文責:吉田直人)

「事実は小説より奇なりだからね」

徳島県にあるのどかな町、長身で、母親の知り合いの関係でモデルをしたりしていた少女は目立つ存在だった。松本さんが歩けば町の男性たちが振り返る。「声かけられたりするのが面倒だった…」。モテて困るだと!?ぜ、贅沢な!!羨ましい、羨ましい。ずるい、ずるい。一生に一度でいいからそんなことで悩んでみたい(切実)。おっと私的な感情が漏れ出てしまいました。失礼。

そんな松本さんは高校へ進学すると、学業と並行して某芸能事務所に所属。初舞台を踏み、役者としての活動をはじめた。卒業後は、三重県にある「戦国時代をモチーフにしたテーマパーク」に就職し、ここで日本舞踊、剣舞、殺陣回り、着付け、礼儀作法、時代劇に必要なものを徹底的に習得。「朝6時に出社。ご飯の準備、洗濯、先輩たちの着付け。朝9時から夕方5時まで仕事をして、夜は稽古があり、帰宅できるのは日付が変わるころという生活でした。自分としては『水戸黄門』に出られると信じていたんです」と笑って話す。

テーマパーク内の公演に出演するほか、あの有名な“チョンマゲをつけたねこ”の着ぐるみも着たりもしていた。お客さんに「とびつかれる」だけでなく、着ぐるみ姿で馬にも乗っていたというのだから並の実力ではない。そんな大活躍だった松本さんがその会社を退社した理由は、仕事や稽古が過酷だったからではなく、会社のお客さんに対するサービス面の考え方に共感できなかったことが大きい。このころから観客に対するサービス精神は強かった。「いろいろ思うところがあって…」。理由はあるのだが、早い話が、ある日会社がなくなっていたというのが一番大きかった。

徳島へ帰り、アルバイトをしながらオーディションを受ける日々を送る。「自分ができる芝居、やりたい芝居と、求められる自分の実像に悩み、だんだん夢と本心がわからなくなった」。

上京したのは松本さん23歳のとき。上京して間もなく、アルバイト中に出会った男性と恋に落ちる。ところが彼は妻子持ちだった。雨の公園での別れ話。「ドラマのワンシーンのようだった」。

大失恋は彼女に新たな“オーラ”を与えてしまったのか。何も話していないのに、三田村邦彦さんから「事実は小説より奇なりだからね」と意味深な一言をいただく。

小劇場系劇団に入団。ところが、翌年に、劇団は解散してしまう。 「身長も高くて目立つから、当時、人からは主役とかそういう役を求められた。でも私がやりたい役は違った。主役はいいのだけれど、ストーリーを追うことがメイン。私がやりたかったのは小さい役でも数をこなして、現場をまわらせる“バイプレイヤー”」。かたくるしい芝居はしたくなかった。自分の持っているものを伝えたい。「例えば「『ああ明日も頑張って働けるな』みたいな観た人に“気持ちのおみやげ”を持って帰ってほしいと思って演じていました」。

「劇団=趣味でやっている」というイメージが払拭出来る時

役者としての松本さんの、まわりからの評価は高かった。ときに“天才”と絶賛されるほどに。 そんな彼女がなぜ役者をやめ、現在の「制作」というポジションで演劇と関わっているのだろうか。

「役者だと、お客さんにできるサービスに限界を感じて、いつも不完全燃焼だった。芝居をしている方は観客から愛情をもらっている立場だから、気持ちいいのは当たり前。じゃあそれをお客さんに、貴重な時間を割いて、お金を払って劇場に足を運んでくれたお 客さんに返せているか?って考えたら疑問に思えて」と話す。

「例えば、芝居を観にきたお客さんにとって、本番中はいいけれど、その前後、いきなりイン、アウトっていうのはつらいと思いませんか?」。

確かに、小劇場の公演に足を運んだことがある方なら、感じたことがあるかもしれない。公演終了後、狭いロビーや出口付近では顔見知り同士だけが仲良さそうに語り合っている。なんだか挨拶もしづらい雰囲気で、どこか居心地悪く会場から吐き出されるように出て帰路につく。さっきまでの“非日常感”も“感動”もどこか薄れ、余韻に浸る前に気持ちが醒めてしまうこともときにはある。

「私は芝居を見終わったあとの“同窓会状態”がいやだった。そんななら客だしなんてしないほうがいいなって。そんな気持ちもあって、私は役者とお客さんの間で両者をつなぐ、サービスというかおもてなしができるポジションでいたいんです。本番前から帰るところまで楽しんでもらえるように」。

「おもてなしというのは、決して“黒子”じゃない。サービスというのは“攻めの姿勢”で自分自身をアピールすることも必要なんです」。松本さんの“座右の店”でありアルバイトもしているくずし割烹隠れ房御庭(東京・新宿)。そこの先輩が、「おしぼりを渡して、料理の説明をするだけでお客の心をつかむ」姿を見て、そのことを再確認した。 「こういうことは所属している劇団DMF での仕事も同じだと思っているんです。だけど、演劇はそれじたいが“攻め”のものだから、逆に、お客さんがホッとできる部分を作っていきたい」と微笑む。

劇団の「制作」の仕事は多忙。ときには、なかなか連絡がつかない劇団員もいるし。またあるときは、物販関係で、一人で50件分Tシャツを発送しなければいけないこともある。松本さんはそんな活動をしながらも派遣社員やバイトをかけもちして月35万円くらい稼ぐ。休みはない。そんな生活を何年も続けてきた。そんな彼女のふつうとは?

「ふつう…ですかぁ。昔、母に叱られるときによく言われたような気がするのは、人によってふつうは違うってこと。私にとっては、今の生活のように芝居が密にあり、お客様を第一に考えることが普通ですね。自分を好いてくれる人に誠意を尽くす。“お客様のために”みたいな感じかな」と話す。

「『ホームランを打って、世間が騒ぐようならまだまだだ』イチロー選手の言葉にこういうものがありますけど、“私にとってのふつう”が、他から見てもふつうになったときに、「劇団=趣味でやっている」というイメージも払拭出来るような気がします」。

以前、役者さんの取材をさせていただいた際、日にちから当日の流れ、稽古場までの案内、飲み物まで…こちらが恐縮してしまうほど、細やかに対応してくれたのが“制作”の松本さんだった。劇場での公演というのは確かにできることと、できないことがある。今現在だって、各劇団、各公演、趣向を凝らして観客を楽しませてくれている。そんな中で、さらにできることはあるだろうか?松本さんの“おもてなしの精神” による戦いは続く。

松本さんは学生時代、山岳部に所属していた。しかし、彼女はお芝居の道に進むために大会出場を諦めたことがあった。仲間たちに引き止められながらも芝居の道に進むために。「今振り返って思うと、そのときしかできない大切なことってあると思う」。何年も経ち、大人になったある日、彼女はふいに登りたくなって山に登ったのだった。そこからはどんな景色見えたのだろう。それは彼女にしかわからない。何かを選びとということは、何かを捨てることかもしれない。誰もが葛藤の中、それぞれの道を選び、歩いている。

松本さんが選びとってきた「芝居」という道。それは決して軽いものじゃない。彼女の歩いてきた道が、そこから生まれる“攻めのサービス”が、劇場公演をさらに素晴らしいものに進化させていくことに期待したい。

今までお芝居を観たことがない人でも気軽に入れて、帰り道までドキドキ、ワクワクが続く…劇場が、これからもずっと素敵な場所であるつづけて、より多くの人びとにとって身近な “おたのしみ”の空間になる日を目指して。

そしたらいつか、“役者”の姿も拝見させてくださいね! ね?ね??松本さん!!

座右の品
くずし割烹隠れ房御庭

“御庭”は、毎日行きたい、特別な時にも行きたい、そんな店。ほんとに大好きなお店です。とくに、スタッフの高橋剛さんの接客、サービスは素晴らしいですよ!

【略歴】

1981年6月27日生 徳島県徳島市出身 東京都中野区在住 徳島市立国府中→徳島県立城西高→某戦国時代をモチーフにしたテーマパーク勤務→役者→劇団DMF制作【星座】かに座【血液型】A型【趣味】人間観察、料理と酒のうんちく集め【お気に入りスポット】「くずし割烹隠れ房御庭」(東京・新宿)【好きなタイプ】出世欲を持ちつつ、素直で無理をしない健康な人【嫌いなタイプ】人の話を聞かない人【尊敬する人】「御庭」の高橋さんと渡辺支配人【好きな食べ物】旬のもの、日本のもの【嫌いなもの】とにかく愛情が入っていないまずいもの【座右の銘】6割で頑張る【子供のころの夢】芸能人【好きな芸能人】SMAPの中居正広さん

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2008-06-23-MON






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