林徹太郎

林 徹太郎さん(24)は、映像制作ユニット『バームクーヘン』の片割れとして、自分が感じた原体験の衝撃を、今度は自分の作品で“14歳”くらいの男の子と女の子に与えるため、今日も映像を録り続けている。「……ああ、でも俺、そんなスマートじゃないぞ!」(林 徹太郎)。(文責:ヨコタマサル)

<それは 僕の心臓ではなく それは 僕の心に刺さった>(ザ・ハイロウズ)

「“ふつう”の人ってどんな人だと思う?」。あえて原点に立ち戻っての質問を投げかける。「たとえばOLやっていて、恋愛してふつうに結婚して子どもを産んで……って、ホントふつうに生活してきて、でもいつも自然体で、楽しそうで文句も言わない。そういうふうに自分に満足しきっている人って、何かをやっていて有名とかじゃなくても、俺はすごいと思う。だから、そうじゃなくて、いい意味でも悪い意味でもまだノリシロがある人が、ふつうの人。自分に満足できてない人っていうか。俺はまだ“ふつう”なんだと思う」。

自分は“ふつう”の人なのか、“ふつう”じゃない人なのか。
誤解を恐れず端的に言えば、多くの人は、そこを基準に他人のことを判断している。けれど、本当は見る人が見れば誰だって、なかなか味のある人物なのだ。

林 徹太郎さんは、映像をつくることを生業としている。ひどく個人的に言えば、それだけで興味をそそられるものがある。さらに彼が作っているのは音楽PV(プロモーション・ビデオ)。ますます捨て置けない。これまでに、くるりに才能を見出された“まつきあゆむ”や、レゲエをベースにした大所帯ポップ・バンド“ K.P.M. ”のPVなどを、映像制作ユニット『バームクーヘン』の片割れとして制作してきた。

そもそも、林さんが映像を始めようと思ったきっかけはなんだったのか。

「初めて岩井俊二の映像と出逢ったとき、“内臓がでんぐり返りする”ような衝撃を味わった。ザ・ハイロウズ の「14歳」の詞に、<それは 僕の心臓ではなく それは 僕の心に刺さった>という一節があるんだけど、まさにそんな感じ。そんなふうに思えたのも、映像以外になかったし、ほかにやりたいと思えることがなかったからね。若い人に自分の作品で、俺が受けたような衝撃を味わわせたい。そう思って、迷うことはなかった」。

高校を卒業し、単身上京。大学の映像学科で4年間学び、晴れてTVの映像制作会社に勤務する。しかし、制作会社のADの立場というものは、聞くに違わず大変らしい。「早くて10年、でも我慢し続ければ、好きなことをやれるとは限らない。今すぐ自分の才能を試してみたかった」。2年間の激務を経た後、林さんは自身の自由な表現を求めて、会社を辞める決心をする。

ちょうどその頃、「プラプラしているくらいなら、僕と一緒にやらないか」と声をかけたのが、現在の相棒 堤健斗さん。林さんは、二つ返事でOKした。

その変なヤツは電気グルーヴを聴いていた

その、堤さんとの出会いは、大学入試。
「集められた部屋のいちばんの端っこの席で、ヘッドフォンからシャカシャカ音を立てて、電気グルーヴ聴いているやつがいたの(笑)。変なやつがいるなあと思ってたら、突然振り返って、“なんで、みんなしゃべってないの!”とかって言いやがってね。そんな入試の緊張してるなかで、みんな喋るわけないじゃん!? だから、アイツ絶対変なヤツだと思った(笑)」。

しかし、帰り道、林さんはなぜか待ち伏せしてまで、その変なヤツ(=堤さん)に話しかけてしまう。「自分の長所として、親が転勤族だったの影響もあると思うけど、知らない人の輪でもすんなり入っていける。オープンでいてほしいから、自分の言葉で喋ってほしいから、俺もそうするんです」。納得。

補足しておくと、昔からクラスでマイナーな人と友達になりやすい傾向もあるようだ。とにかく見事大学に合格した二人は親交を深め、先述のザ・ハイロウズの作品から名前をとったという映像ユニット『バームクーヘン』の原型ができあがっていくわけだが、それは長くなるのでまたの機会に……。

閑話休題。取材も終わりに近づき、そろそろお会計を、というタイミングで、林さんは笑いながら、こう言い添えた。「……でも、きっと俺、そんなスマートじゃないぞ! 文章になったらキレイにまとめてくれるんだろうけど。なんか、それ言っといたほうがいいと思って」。

「…あんた十分変わり者だよ!」。そう思っていると、立て続けに「予定調和な感じで話すのはおもしろくないから、なるべく確信に近いところで話したいんだよね。もちろんそれが裏目に出ることもあるんだけど(笑)」。

「ふははっ。マイペース!」…してやられた。 “特別なことをするでもなく、ふつうに生活をしていて、でもいつも楽しそうで、誰に文句を言うわけでもない”。さらに “まだまだノリシロがある”なんて人については、どう説明すればいいのだろう。林さんは、そういう人なのに。

座右の品
ミート・ザ・ブルーハーツ

“かっこいい”の基準は、ザ・ブルーハーツから学んだ。

【略歴】

1983年2月11日、山形県生まれ。山形→仙台→千葉→大阪→仙台を転々とし、現在、東京都杉並区在住。枚方市立川越小学校(大阪府)→仙台市立北仙台小学校→仙台市立北仙台中学校→仙台育英学園高等学校→尚美学園大学【星座】水瓶座【血液型】B型【家族構成】父・母・弟【趣味】帽子集め、漫画、トロンボーン【好きな食べ物】ラザニア【嫌いな食べ物】酸っぱいもの【お気に入りスポット】昔住んでいた、大阪府枚方市の釈尊寺団地【尊敬する人】ヒーローは、甲本ヒロト【好きなタイプ】ふつうな人、自分の言葉で話す人【嫌いなタイプ】我が強い人。軽薄に、ブったことを言う人【好きな休日の過ごし方】なにもしない【子どもの頃の夢】帽子屋

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2008-01-07-MON






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