玉木大輔

そのショートムーヴィーはこんな内容でした。パンケーキとマッシュポテトを作りながら淡々と身近な人間の死の思い出を語る女と核兵器製造の計画をひたすら立てている男の話です。この二人の男女は一緒に暮らしているんですが、ふとお互いにこう思うのです。「この人が死んだら、悲しむのだろうか」。静かに食事をする二人。外は銃火の音、爆弾の破裂音が空々しく響く。従来のドラマツルギーがそこにはないのです。片や、「近い他人の死」をみて何も感じない女、片や「どこかの大勢の他人の死」を計画する男。そこから何を汲み取るのかは、見る側の人間に委ねられているのです。僕はひょんな切掛けから、この映像を撮った人と話をする機会に恵まれました。その時の話を以下に記します。他人の人生の一片を知ることから何かを汲み取る。あるいは他人の人生の一片を書き記すこと。これは何かの暗喩なのかもしれません。聞いてください。(文責:保科時彦)

メインストリームを冷笑し、マニアックなサブカルチャーにはまっていく

吉祥寺のこじんまりとした歓楽街の一角にある怪しげな内装のバーで彼と会いました。彼は玉木大輔という26歳の青年です。今は精密機械製造業に勤めていますが、それまでは映画館スタッフや映像製作会社など、映像に係る仕事にも従事していたようです。沖縄の高校のインテリア科を卒業、名古屋の大学で建築を学びながらパチンコ屋で働き、学費を払って生計を立てていたのですが、映像学校に行きたくて中退したそうです。「映像の学校に入るまで大学中退から結構時間がかかったけど諦めなかった」というから、執念の程を伺えます。

彼は言います。「子どものころから原風景として映像があって、家族で『バタリアン』とかゾンビ映画を良く観てました。映画館に入るときの興奮が好きだったんです」。子どものころ覗いた人外境への憧憬が執念の源だったのでしょうか。話を聞いてみれば、彼はもともとヒネクレマンだったようです。つまり、メインストリームを冷笑し、マニアックなサブカルチャーにはまっていく人だったのです。

ヒネクレマンの特徴は用意されたものには納得せず、自分で何かを発見することに喜びを感じるということです。このヒネクレ趣味は小さいころは共感を得られないことが多く、やがて成人してからは「粋」として扱われたりする不条理なものですが、真性のヒネクレマンはどこか根暗な一面をもっているものです。「小学生の頃は気が弱くて、遅刻しただけで怖くなって教室に入らないこともあった」というのです。

彼はうちなんちゅ(沖縄人)でもあります。「沖縄っていうのは離島でも本島でもコアなミュージックシーンが活発なんですよ。情報がないから、自分で探すんです」と語るように彼もやはり音楽が好きなのです。父親が、モンキーズ、ビートルズ、レッド・ツェッペリンなどを聴いていたというようなので、音楽を好きになる土壌はここにもあるのでしょう。そんな彼だから、やっぱり自分は変わっていると思っていたようです。

「日常的なことの中に変な要素が入っているような作品が撮りたい」

「名古屋に出てきたときはみんな勉強ができるな、とは思ってたけど、面白い人に出会えたのは東京に出てきてからですね。古道具屋でバイトをしてたんですが右も左もウザイくらいにマニアックな人ばっかりで自分がふつうに思えました。ただネヴァーランドな感はあったので、はまり込むと抜け出せないなと思いました」。映像の学校に行くために東京に出てきた目的を忘れずに、職だけでも映像に関わろうと思って映像製作会社に入ったのですが……。「僕がすることになった仕事はAVのモザイク掛けだったんです」と、想像とは違う仕事をすることになったそうです。「一日50本くらい見たけど、面白いのはないし、うんざりしました。

でも仕事ですから。同僚の知り合いが出ていることもありましたよ。イメージフォーラム(映画学校)に入ったとき自己紹介で『AVのモザイク掛けしてました』と言ったら、もう一人女の子も同じ仕事をしていたようで、やっぱり映像の業界ならいるんだな、と思いました」。確かに募集広告は「映像製作」と書いてあればウソはないし、どんな仕事でも、必ず誰かがやらなくてはいけないんだから当たり前なことなのですが、僕達はあっさりそういうことを忘れてしまうものです。

イメージ・フォーラムではどういうことを学んだのか聞いてみました。「講師がおじいちゃんばっかりで講評の時はボロクソ言われます。商業主義的な映画が好きだったけど、芸術映画とも折り合いをつけることを学びました。映像で比喩するっていうことですが、例えばカメラで撮ることをショットというんですよ。これを銃で撃つショットと掛けて、カメラを向けると被写体が撃たれた動きをするとか」。

そういうことでいえば、即興演出、自然光(ロケ中心主義)、同時録音と映画の歴史を塗り替えたヌーヴェル・ヴァーグ、なかでもゴダールは映画の文法を変えたとまで評されますが、その手法「分断と再構築」がアルチュセールの「認識論的切断」のメタファーになっているとする見方もあるようです。

記録映像からその歴史をスタ−トさせた映画が単なる娯楽の枠を脱し、可能性が広がったことは事実でしょう。 芸術と娯楽の間、それが玉木さんの撮りたい世界観なのでしょうか。「日常的なことの中に変な要素が入っているような作品が撮りたいですね」。僕は彼の作品を一つ見たとこがあります。タイトルはSunday。そのショートムーヴィーはこんな内容でした……。

座右の品
ストップ・メイキング・センス

世界で一番かっこいいライヴ映画

【略歴】

1981年3月29日26歳 沖縄県浦添市出身 東京都小金井市在住 浦添市立港川小→同市立浦添中→沖縄県立浦添工業高校インテリア科→大同工業大学工学部建築学科→中退→古道具屋→映像製作会社→イメージ・フォーラム→精密機械製造業【星座】牡羊座【血液型】O型【家族構成】父母妹妹【趣味】映画製作、音楽鑑賞【好きな食べ物】カレー【嫌いな食べ物】レバー【お気に入りスポット】新宿のベルク(カフェ・バー)【尊敬する人】ヴィンセント・ギャロ【座右の銘】Just do it!【好きなタイプ】ショートカットの人(西田直美)【嫌いなタイプ】顔を近づけて喋る人【年間に観る映画の本数】20~30、映画館で働いていた頃は100本くらい【将来の夢】靴職人 【映画制作で苦労すること】キャスティングやスタッフ集めたりとか、やらなきゃいけないことを準備している時 【映画製作で一番楽しいこと】ネタを考えている時。出来上がったときは一ヶ月くらい無敵かと思う 【欲を言えば欲しいもの】行動力 【子どもの頃の夢】映画監督

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2007-10-15-MON






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