東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科 菅絢子

「人と人とが分かり合うことに期待していない」。ゾッとするようなセリフを、しれっと笑顔で言ってのける。「楽で楽しいことであふれているからか、今の世の中は、すぐに答えを欲しがりすぎ。もっとみんな自分で考えなきゃダメだと思う」。よどみのない瞳で、確信めいた言葉を吐露するのは、東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科に通う菅絢子さん(26)だ。その言葉が生まれる理由は、彼女の経歴を追っていくことで次第に明らかになる。 (文責:吉田裕介)

登校拒否、留学、そして敗北者のように帰国

決して、冷たく冷めている人間ではない。むしろ、情熱的で話している人に元気を与えるタイプといった印象だ。とにかくよくしゃべり、よく笑う。人の話を聞かずに話しまくることもしばしばだ。しかし、その内面には人間を見つめる冷静な視点を感じざるを得ない。

目立ちたがりで小学校では学級委員、中学校では生徒会長を務めた。国語が得意で作者の気持ちをくみ取ることが好きだった。中学生の時、カラオケで「吉田美和に似てる」と言われ、歌がうまいのだと「調子に乗った」。

高校に入ると一転、本気でのめり込むものが見つからず、宙ぶらりんになってしまった。「学校にいても時間をつぶしているくらいにしか思えなかった。将来に向かってどうとかも分からず、かといって恋愛にのめり込むでもなく」。次第に殿様登校になり、登校拒否になった。「このままでは腐る」。焦りから見つけたのは、留学の道。「海外では目標がどうとかっているレベルではなく、生きること自体がチャレンジだった。英語はまったくできなかった」。

オーストラリアはシドニーで人生の第1の転機を迎える。「違う文化で理解されない」ことが、負けず嫌いでハングリーな性格に拍車をかける。つらくて2度日本に帰ったりもしたが、「家族が2つある感じ」というホームステイ先のファミリーの暖かさにも支えられ、充実した日々を過ごす。しかし、日本の高校の単位が足りなくなり、そちらは結局退学に。オーストラリアの大学に行こうとしたが、失恋の痛手もあり体を壊し、敗北者のような気持ちで19才の時、どっちつかずで日本に帰ることになる。

「過大評価も、過小評価も欲しくない。ちゃんと分かり合いたい」

それからはフリーターとしてパン屋、アパレル店員などのバイトを転々とする。しかし、宙ぶらりんに甘んじることのできない彼女は、歌が歌いたくなり音楽の専門学校へ入学。歌のレッスンで先生に音楽大学への進学を勧められ、まずは大検を取るための勉強を始める。「基本的に人生ノープランだから」と言い放つ。

「周りの人間はみんな受かるとは思ってなかった」。落ちても来年またチャレンジすればいい、と言ってくれていた父親が、東京藝大に合格したことを一番喜び、涙してくれた。受験の準備期間は1年に満たないにも関わらず、何気なく日本最高の芸術大学に受かってしまうあたり、果たしてこの人間は「ふつう」なのかどうか止むに止まれず考えさせられてしまう。

ここから、第2の人生の転機が始まる。普遍的な人間の気持ちを知的に目に見える形にする美術の魅力に目覚める。「絵が描けなくても、造形力が無くても、カメラは撮れちゃうから」と言う理由で、映像作品を作るようになる。「作品を作るときに大事にしているものは人間を呼吸させるってこと。見る側に自分で考える、咀嚼をする時間を与える」。

今作っている作品を「センターレスムービー」と名付けた。フラットでニュートラルな人間を描いた、あらゆるヒエラルキーを排除した作品にしたいという。「普通とか変とかよくわからない。自分には偏見があまりない。自分の息子がソープ嬢の彼女連れてきても引いたりはせず『エイズ検査はちゃんとしてこい』って言うと思う」。

いくら浪人、留年当たり前の藝大とはいえ、そろそろ就職だ。「美術に携わる仕事をしたい。今検討しているのは有名デザイナーの弟子、小さいマニアックな出版社、映像制作会社。真似でもいいからとりあえず潜り込んでキャリアを積みたい」。もう大詰めの時期だというのに、いまだに人生ノープランぶりは、芸術家の特権なのだろうか?

「嫌われるならそれでいい、分かって貰えないならそれでいい。それであまりショックは受けない」とそのまま活字にしてしまうと語弊がある。本当は「人と人とが分かり合うことに過剰な期待はしていない。過大評価も、過小評価も欲しくない。ちゃんと分かり合いたい」ということなのだろう。

彼女は現実の冷たさと暖かさの両方を身をもって理解することで、ある種の諦念と希望を手に入れ、映像という媒体を用いて世界を切り取ろうとしている。人間の孤独と断絶を受け止めた上で、それでもつながりを求める。自分の頭で考え行動し、不条理な現実を生き抜いていく力強さが、彼女の中には確かに息づいている。

座右の品
Blue

中に入っている「Case of You」が好き。 ベタだけど。

【略歴】

1981年 4月30日生まれ 26歳 埼玉県浦和市(現さいたま市)生まれ 台東区浅草在住 浦和市立木崎小学校→浦和市立大原中学校→私立武南高校→オーストラリア・シドニーに2年間留学(その間、私立武南高校中退)→フリーター→自由音楽学院→フリーター→東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科【星座】牡牛座【血液型】B型【家族構成】父母兄姉【趣味】歌【好きな食べ物】納豆・卵【嫌いな食べ物】茗荷【お気に入りスポット】オーストラリアのアッシュフィールド(ホームステイ先、超落ち着く)【尊敬する人】ダルデンヌ兄弟(ドキュメンタリータッチを得意とするベルギーの映画監督)【座右の銘】過去を振り返るほど偉くないっス【好きなタイプ】面白い人・尋常じゃない人、場合によっては空気を読まなくなることすらある人【嫌いなタイプ】浮かばない。嫌いなタイプとはそもそもつきあわない【子どもの頃の夢】国語の先生

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2007-07-09-MON






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