中目黒 Speak for annex 大橋康佑 ultima アルテマ ファッションデザイナー

この春、中目黒のSpeak for annexで大橋康佑さん(24)のブランド「ultima(アルテマ)」が正式デビューした。少ない素材を最大限に生かしきり、明確なコンセプトからなるシンプルでアヴァンギャルドなデザインセンスは天才デザイナー、マルタン・マルジェラを彷彿とさせる。「いかに少ない素材で可能性を見出せるかを追求している。ワンシーズン最大三種類の生地しか使わない」という。(文責:保科時彦)

名門私立進学校に入学も、中退を考える

「ultimaっていうのはラテン語で“最後の・究極の”あるいは“唯一の”という意味。ものの形の最終形態を模索しつつ、その過程で発生する未完成なものにも注目したい」というのがブランドコンセプト。なるほどそのデザインが実験性と物語性に満ちているのも納得できる。この新進気鋭のデザイナーが形造られたバックグラウンドも自身のブランドコンセプトと無縁ではなさそうだ。

小学生時代から聡明で、「神童」と評価され、関西屈指の名門私立進学校である明星中学校に入学。「そのせいでプライド高いってのもあるんやけどね」と笑いながら話すが、中二の頃に「勉強勉強の校風が嫌に」なって中退しようかと考えた。当然親に猛反対され、「誰に育ててもらったと思ってんねん!」と殴られたこともあったそう。もともと絵が好きだったこともありこの当時から服飾職人になりたいと考えていたという。この頃自身の第一作となる「ガーゼ素材のカーテンのレースを使ったパーカー」を作る。

「一応大学出てから専門行こうかな」と思って京都市立芸術大学を受験するも二次試験の最中に盲腸になり病院へ運ばれた。「ほんまに死ぬかもしれんと思った、でもこれは天の啓示かなと受け入れることにした」ようで、高校卒業後、直エスモード大阪校に入学する。二十歳には着物を裏地にしたデニム地のスーツを自作し、成人式に出席するなど、発想、技術とも頭角を現していたが、家計の一時的な困窮もあってか、鬱状態になり1年間まったく製作も出来ず、留年してしまう。

「東京の方がビジネスチャンスが多いから、出稼ぎのつもりで東京に行きます」

復帰後は今まで以上にアクティヴになり、22歳の頃、エスモード・パリ校に入るため留学。旺盛な好奇心と、元来の優秀さでフランス語をどんどん吸収し、飛び級可能圏内に着くほどとなったが「学校行ってるより、スタージュ(見習い)してる方が学べるんちゃうかな」と思ってエスモードを中退する。「今思えばそれは甘えだったかも」という思いもあるようだ。ゴーレムというブランドの工房でアシスタントとしてあらゆる作業工程を経験し、「今なら自分でブランドを立ちあげてやっていける」ということで帰国する。

しかし、新人デザイナーがいきなり食っていける訳ではない。今は生業としてカフェで働いている。「周囲から普通の仕事は勤まらないと言われてきたし、自分でもそう思ってる」そうで、そこに迷いはない。「まずはパリコレに参加したいから貯金。活動拠点は大阪の方がええけど東京の方がビジネスチャンスが多いから、出稼ぎのつもりで東京に行きます」という。

「なんか日本て文化に対してどうも基本的な姿勢がおかしいと思う。すぐメディアに踊らされて本質のないしょうもないもんを“いい”と思ってしまうとこがある。そういったことに対してほんまの意味で文化的なメディアの可能性を信じたい」。大橋さんにとってデザインという行為は“在り方”を問う一つの手段なのだろう。

座右の品
リーヴァイスのジーンズ

ジーンズはリーヴァイスのものしか穿かないです。トリビアの泉で実験していて一番丈夫だったし、縫製もいい。伝統もあるし、労働者スピリットの象徴なところも好きです。

【略歴】

1982年8月21日生まれ 24歳 大阪府大阪市東成区出身 現在も在住 大阪市立平野南小学校→明星中→明星高→エスモード大阪校→エスモード・パリ【星座】獅子座【血液型】A型【家族構成】父母妹【趣味】DJ 漫画【好きな食べ物】とんかつ、オムライス、にんにく料理【嫌いな食べ物】ブルーチーズ 蕎麦・明太子・ホタテアレルギー【お気に入りスポット】ポンピドゥー・センター(パリ)【尊敬する人】友人、家族【座右の銘】「自意識を美意識へ」「人の足を止めるのは絶望ではなく諦め。人の足を進めるのは希望ではなく意志」【好きなタイプ】中谷美紀的な透明感のある人。自分を持っている人。自分にないものを持っている人【嫌いなタイプ】自分の考えがなく、ミーハーで、他人の目をやたら気にする人【子どもの頃の夢】漫画家

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2007-05-14-MON






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